Vol.01私の意図した通りの音楽が再現/オノ セイゲン ( レコード制作家、作曲家 )

スタジオ内にサンプリング・リバーブ&無指向性スピーカーで疑似空間を作る

クリントンは最近では少なくなってしまった大型の四角い箱で、響きを押さえた昔のタイプのスタジオで、バレーコートくらいあります。ミュージシャンが演奏するスタジオ内に、ソニーの「サンプリング・リバーブ DRE-S777」とサッカーボールのような無指向性の12面スピーカー4本を持ち込み、スタジオ自体に響きを加えました。これは世界で誰もやってない録音方法で、専門家の間でも話題になっています。実はブルーノート東京のときにもこのシステムを持ち込み、今では常設となっています。想像しにくいかもしれませんが、アムステルダムのコンセルトヘボウや、ウィーンのムージック・フェラインザールなどの空間の2次反射、3次反射をも含む「響きだけ」を加えることができるのです。ホールで演奏しているかのように、楽器の音といっしょに、その響きも同時に録音されます。コントロールルームでミキシングコンソールにより後からリバーブをつけるのではなく、レコーディングのマイクとは別の回線で、演奏しているスタジオ空間自体の響きを、曲により、また楽器により変えることができるのです。同じ空間の中で、ピアノやギターはふわっと響いているのにドラムはタイトに響きを少なくしたりできるんです。メンバー全員ヘッドホンもなしで演奏しています。

楽器を演奏する方は判るかと思いますが、楽器の音がよく響く部屋の方が気持ちよく演奏できますね。演奏のニュアンスは響き具合により臨機応変です。コンサートホールやスタジオを選ぶときの一番の基準は、その部屋の響きです。「いい音」の主観的要素はフレーズや演奏の好き嫌いですが、物理的要素はその楽器が置かれた空間の響きや、後で述べる2次反射、3次反射が支配すると思います。従って楽曲、奏法に最適な空間を積極的に作りだすことは、いい演奏やそれをいい音でレコーディングするのに有効なのです。響きは加えることはできますが、後からドライに戻すことはできません。ひとつの空間で同時録音ですから楽器それぞれにマイクがたててあるわけではなく、空間も含めて全体を捉える5本のメインマイクと、あと3本のマイクにはアコースティックギターやチェロ、ヴァイオリンなど、今回ミックスするのに最低限必要な音が入っています。

このアルバムはたった8トラックのDSD録音です

当時、企画が立ち上がったばかりのスーパーオーディオCDを世の中に紹介するために、技術面、機材などソニーのサポートを受けてこの実験的なレコーディング作品は生まれました。前記のミュージシャンで、部屋にリバーブをかけながら、しかもダイレクトにサラウンドのDSDレコーディングですから、レコーディング・エンジニアに要求される仕事は大変なものがあります。ここでも古い友人、トム・ラザルスに頼みました。ヨーヨー・マからオーネット・コールマン、ラウンジ・リザースまで、なんでもこなせる。信頼できるエンジニアに任せておけば、コントロールルームにはほとんど行かずに演奏にだけ集中していられます。一番大切なのはパフォーマンスであり、そこででている音がすべてです。マイクロホンとは実に正直なもので、そこで聴こえているとおりに録音されます。参考までに、メインのマイクはフロント3本がSennheiserのMKH-40(単一指向性)、サラウンド2本はMKH-20(無指向性)、スポットマイクはDPAやNeumannなどです。ヘッドアンプはスタジオ側にGRACE DESIGNのm801、そこから古いNEVEコンサールのインサートリターンに入り、バスアウトから直接、EMMのADC8というADコンバーターから登場したばかりのGENEX-8500という8トラックのDSDレコーダーに録音されました。

東京に持ち帰り、すべてのデータを移して、テイクをアルバムの流れに編集していきます。結局ここから先が、7年後になってソニーのDSDオーディオ・ワークステーション「SONOMA」に移すことからやり直したんです。なぜそんなに時間があいたかというと、ひとつは技術的にそのときは(DSDで)ダビングしたりミキシングし直したりすることが不可能であったこと。録音の翌年には911があったり、〆切がある仕事ではなかったので、他のプロジェクトを進めているうちに2007年になってしまったのです。「SONOMA」もバージョンがあがって、それでもミキシングでは、8トラックしか扱えないのですが、レイヤーを重ねながら、ギターや「KORG M3」というキーボードなどを加えて、楽曲として完成したのです。みんなが48トラックや64トラック、200トラックとかでやっているのを横目で、8トラックでここまでできるというこだわりもあります。ただしこちらはDSDなのです。

DSD / レゾリューションの高さ→立ち上がりの早さ

90年代後半から現在に至るまで、ほとんどのレコード制作現場では、「プロツールズ」に代表されるPCベースのPCM(パルス・コード・モジュレーション)録音になってしまいました。CDは最終的に44.1KHzという時間軸の中で、高さをスポッティングしていくことで波形を表していますが、それより細かい情報は前後のどちらかに織り込まれて、省略されてしまうんです。DSD(ダイレクト・ストリーム・デジタル)録音は、圧倒的なレゾリューションにより、音のきめ細かい部分、余韻の消え際、グラデーションまで、PCMでは記録できなかった部分まで再現できるんです。ここで使用したDSDは、サンプリングレート2.8224MHzの1ビット・パルス信号で記録していますので、CDから比べると時間軸で64倍も細かいことになります。時間軸が細かいことイコール立ち上がりの早さにつながります。携帯電話の待ち受け画面と、100インチのハイビジョン画面では写っている人物は同じでも情報量は圧倒的に違います。

ほんの7年の間にはPCの性能、また機材スペックの進化は大変なものがありました。今や家庭用ビデオカメラもHiVisionになったように、それまでの技術で難しかったことも可能になりました。専門的な話になりますが、レコーディングのフォーマットの歴史とは、良くも悪くもそのままレコーディングのスタイルの変化を映しています。その昔、1950年代はラジオの生放送がテープに記録されるようになり、つまり生放送のように歌手もバンドも同時に演奏すれば、ダイレクトレコーディングですから、やり直しはできないかわりに3分の曲は3分でレコーディングが完了していました。多くのジャズの名盤と言われるアルバムの多くは2日とか3日で完成しています。ある時期から歌はバンドのあとからでも録音できるようになり、パートごとに時間も場所も違うテイクを録音できるマルチトラックレコーディングというスタイルが主流となってきました。私の最初のアルバムは、CDが始まったばかりの1984年にJVCから出たのですが、その頃はまだLPが主流で、同時にカセット、CD、そしてVHDというビデオディスクを発売しました。アナログからデジタル録音に変わる時期で、つまりLPからCDに移行して、レコーディング・スタジオでも16チャンネル、24チャンネルのアナログマルチテープから、やはりソニーの「3324」「3348」「3348HR」というPCMデジタルのレコーダーに置き換わっていきました。

90年代後半からほとんどのレコーディングは、「プロツールズ」に代表されるPCベースのPCMレコーディングとなり、技術や機材スペックは飛躍的に進歩しました。1980年頃の最新鋭の技術でできあがっているのがCDで、それはアナログのノイズがない44.1KHz16bitというデジタルオーディオデータにしたものです。現在ではさらにデータ圧縮技術が進歩したため、携帯型オーディオでは、AACやMP3など、CDから10分の1くらいのデータで音楽を配信したり、再生していくことが音楽マーケットで主流となっています。デジタルならではのデータ圧縮ですが、その考え方とは、平均的な人間の聴覚特性に合わせて、意図的に聞こえにくい音を間引いたり、周波数帯域ごとにダイナミックレンジを変化させたりして無理矢理に押し込めた音になっています。ちょうど携帯電話の待受け画面の写真のように、誰が写っているか判別はできるもののその表情までは読み切れない。一度間引いてしまった情報は決してあとからは再現できません。

この2枚のアルバムは、スーパーオーディオCDマルチチャンネル対応のシステムをお持ちの方は、ECLIPSE TDシリーズスピーカー TD712zを5本とTD725swでミキシングしたそのままの音場を再現できます。ECLIPSE TDシリーズスピーカー TD307IIを5本とTD725swでも十分にお楽しみいただけます。2chステレオでは、サラウンドとはまったく異なるアプローチでミキシングされています。ECLIPSE TDシリーズスピーカー TD712z でもTD307IIでも、私の意図した通りの音楽が再現されることを、保証します。作曲家、演出家として、これで制作しているのですから間違いありません。

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