Vol.02 その場で音を注意深く聴くこと/オノ セイゲン ( レコード制作家、作曲家 )

このアルバムは、セイゲンさんにとって空間のつなぎ方などこれまでの集大成ですね?

2000年から今(2007年)までにジャズ、クラシックからポップス、また「Forest and Beach」のようなフィールドレコーディング(注釈)までいくつかのスーパーオーディオCD、そしてサラウンドのレコーディングを手がけてきました。空間のつながり、捉え方などのリサーチ、理論と実践を重ねてきた成果です。友人のミック沢口がプロ向け勉強会として主宰している「サラウンド寺子屋塾」(注釈)では、一般のリスナーにも役立つ情報がWEB上に公開されています。図面に書かれた理論通りに進むことはありませんが、基本的な部分で正確な仕事をするかしないかでサラウンドの仕上がりの精度が変わってきます。そしていつでも現場でのすばやく適切な判断をすることのが重要なんです。

その場で音を注意深く聴くこと。楽器の位置関係を決めることが最初の仕事で、演奏方法、曲によって演奏者の位置を大きく移動したり、2〜3cmだけマーキングを変えることもあります。マイクがカメラのレンズだとすると録音とは写真を撮ることに非常に似ています。レンズは広角か標準か、被写体は同じなのに映り込む光、陰影、グラデーションで表情が変わります。今日はちょっと難しい専門用語も使いますが、読み飛ばしてください。

5.1chサラウンド(Multi-ch)と2chステレオのミキシング

2つのアルバムで、5.1chサラウンド(Multi-ch)のミキシングでは、そのままの音場を再現することに徹して比較的スムーズに完了しました。試行錯誤し、やり直したのは2chステレオのミキシングで、サラウンドとはコンセプトもパンニングなども考え方が異なります。
実際にサラウンドで聴いていただけるリスナーが1%なのか5%なのか判りませんが、音楽を「その場所ごと持ち運べる」という意味で今更ながらサラウンドは画期的な意味を持ちます。ポップス、エレクトリック・ミュージックのほとんどは2chステレオ専用に作られています。マーケティングという視点からは、現在2chステレオ(あるいはそれを圧縮したフォーマット)だけが経済的価値を持ちますが、音楽本来の価値(演奏、そのディテイルを正確に再現し、すべてのパートが聴きとれる点、そのままを伝える臨場感)においてサラウンドが圧倒的に勝ります。

2chステレオでは、ピアノを後方に置いたりできません。当たり前なのですが、2chステレオではマスキング(注釈)との戦いでした。サラウンドでは(聴き取れるため)不要な部分でも楽器ごとの上げ下げが必要になります。全体の奥行きの立体感を聴いてください。

「マリア・アンド・マリア」のレコーディング

「マリア・アンド・マリア」のレコーディングでは、スタジオ中央の5本のマイクをメインに、8トラックのDSDレコーダーにサラウンドでダイレクト・スタジオ・ライブレコーディングです。5.0chで残りの3chには、その場のミックスでは使用していなくてもチェロやアコースティックギターなどのスポットマイクが入れてあります。ドラムやサックスのように大きな音がでる楽器はマイクからの距離を離し、アコースティック・ギターなどはすぐ近くにセッティングしました。録音した後から楽器の音量バランスをとるのではなく、その場(つまりマイクの位置)で楽器の配置やバランスを決めて録音しているのです。マイクとの距離、位置関係というこの単純明快なセッティングにより、空間と楽器の関係を特定する2次3次反射と響きをも同時に、そのままを取り込むことができます。オーケストラでは指揮者がこのバランスを決めています。後からある楽器だけをカットしたりできません。勇気が要りますね。その分、レコーディングでもっとも重要な「演奏」に集中することができます。あとから思考錯誤する部分は排除され、全体の編成とか大きな部分にも注意を向けることができるのです。

このセッションでピアノは、ドラムとは一番遠い位置、部屋の右後方にあります。15mくらいは離れている上、全員がヘッドホンなしで、私が中央でコンダクティングしながら、互いの音に注意して演奏しています。アコースティック・ギターはマイクのすぐ目の前に座っています。エレキギターのアンプは右前方。もう1台フットスイッチで切り替えられる別のアンプが左後方。ヴィオラと2本のチェロは3mくらいでしょうか。ピーター・シェラーのキーボードもライン(DIボックスでコンソールに立ち上げる方法)は使用せず、後方に設置したアンプから前方天井方向に向けて空間を包むように鳴らしています。一般的にヘッドホンやステージでもモニタースピーカーなしで演奏する場合、3mほど離れているだけで10ms(音は)も遅れますからアイコンタクトが非常に重要な役割をします。オーケストラでの指揮者の役割りとは演奏のアーティスティック表現はもちろん、そのホールでどう音楽を響かせるか、言うなればホール音響からミキシングまでもデザインしていることになります。

ニューヨークのセッションでのミュージシャン、レコーディングエンジニアのトム・ラザルスは80年代から互いにコラボレーションを重ねてきた気心しれた友人たちで、今回のような実験的なセッティングでも文句一つ言わずに、ポジティブにつきあってくれます。トムとは、私がミキシングを担当したラウンジリザースのアルバムの録音で知り合いました。アコースティックのトラッキング(注釈)の上手いエンジニアは少なくなってしまいましたが、ヨーヨー・マやグレン・グールドからオーネット・コールマン、ビョークの録音まで手がけている名手です。ベテランのエンジニアなら誰でもいいわけではなく、演奏を(EQなどを使用せず)マイキング(注釈)だけで捉える手法は理論と現場経験、そして確信と言うか信念がないと成功しません。特に楽器が近い場合は1cmの距離の違いで音質が変わっていきますから、演奏方法とマイクの物理特性の両方をマッチングさせないと狙い通りの音になりません。

指向周波数特性と部屋の2次3次反射、響きとの関係。近接効果(マイクのすぐ近くでは低域が持ち上がります。ここではありませんがボーカル録音では特に注意)。もちろんマイクの種類による違い。我々のチームワークも阿吽の呼吸で、私はセッションの最初にテストテイクでサラウンドでのリバーブの具合などを(コントロールルームで)確認した後は、ずっとスタジオ側に居ました。つまり実際にスピーカー5本でその場のミックスがどのように収録されていくかは、トムが決めているのです。マイクとの距離、ちょっとした演奏のタッチやリバーブの具合など確認したい場合は、その箇所だけを部分リハをして確認します。こちら(スタジオ)側とあちら(コントロールルーム)側を行き来するのではなく任せます。また、トムからも演奏上のことについてまで細かい指示がどんどん飛びます。それをこちらで解釈してマーキング位置を少しずらしたり、演奏方法を変えたりします。

ミュージシャンにはプレイバックを聴かせません。

普通はみんなで聴きますよ、確認のために。コマーシャルやポップスのレコーディング現場では、クライアント側のどなたが聴いても納得できるテイクであることの確認のためのプレイバックというのが必ず要所で何度もあります。

自分が作家でかつプロデューサーである作品創りとは考え方が異なります。このアルバムのレコーディングに限っては、私の意図でなるべくライブ・レコーディングに近いテンションをキープするために。また2日半で収録完了するためにも。5分の曲をプレイバックするのも、もう1テイク演ってみるのも同じ時間がかかるのです。ジャッジは私がその場で(スタジオ側で)出していくわけですが、何か迷いがあったり「プレイバックしてみよう」という声が聞こえた場合は、すかさず押さえの別テイクを収録しました。そのテイクの選択は改めて後日でよいのです。

ミュージシャンはプレイバックを聴いたあとでテイクを重ねると必ずその演奏に変化がでます。それを意図としてよしとするか、新鮮なままでテイク2を押さえるかはプロデューサー次第ということになります。このセッションの場合、私だけがその場でコントロールルームに戻ってプレイバックを聴きたい場合、ミュージシャンはスタジオ側はコーヒーブレイクです。もちろん機材が正常に動作しているために経験豊かなスタッフと、最低限セッション最初のプレイバックは必要ですよ。

  • 岩田 雅和
  • 岩見 和彦
  • 勝木 ゆかり
  • 北川 弘幸
  • 澤野 由明
  • 清水 興
  • 大藤 桂子
  • 高見沢 俊彦
  • TAKURO
  • TERU
  • 中村 建治
  • 東原 力哉

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