イクリプスTDユーザーリスト

Vol.02 人間は聴覚で空間を認識/オノ セイゲン ( レコード制作家、作曲家 )

EQしない/プラグインをいかに使わないか

「ProTools」などのDAW上ではボタン一つでEQでもプラグインでもなんでもインサートすることができます。プラグインはボタンひとつで音を劇的に変形させてしまうイフェクターとしては有効です。しかし音質をキープしたままでほんの少し補正するというときにその性能が問われます。ピュアな部分の音質が問題なのです。少なくとも4倍オーバーサンプリング以上はないとスムーズな補正はできません。元の波形がガタガタと崩れてしまいます。プラグインで人気のヴィンテージのコンプレッサーなど実物とは音は全く別のものです。「ProTools」はその利便性から現在レコーディングの標準設備ですが、「そのまま」のピュアなレコーディングより、リミックスで元とは違うものを創りだす作業に向いていると言えます。

楽器間のアイソレーションをとるためにブースに入れたり、マイクとの位置関係をまるで教科書で習ったように30cmの距離でクリアーに…とやるとミキシングの仕上がりは平面的になります。遠近感をつくるのにレベルを下げてリバーブをかければ遠くになるというのは素人の考えで、それでもやはり平面的な仕上がりにしかなりません。EQで高域を落としますか?それでも違います。EQは周波数カーブと位相を変化させられますが立体的な深さをだすことはできません。

音は高域になるほどエネルギーも小さいので空気中を伝わるうちにも早く減衰していきます。そんなことよりマイクの距離が50cmから1mに倍になると、軸上ではダイレクト音はレベルが3dBほど下がるだけですが、かぶってくる反射音、響きは格段に増えるのです。そこではじめて距離感がでます。マイクの指向性、指向周波数特性、もちろんその部屋自体の響きによりますが、無響室で音楽を録音する人はいないわけで、部屋それぞれの特徴があります。さらにマイクにごく近い場合は近接効果で低域がブーストされるのも考慮にいれます。プロ用スタジオのブースなどは意図的な音響設計されているわけですが、良い意味でも悪い意味でも画一的です。

ごく稀にアコースティック・ギターやボーカルに適したブースがありますが、なんでもアイソレーションすればよいというのは間違った考え方です。昔のジャズのレコードなどではピアノにかぶったドラムの音が味となっていたりしますが、かぶり(注釈)をコントロールするのは簡単ではありません。しかしEQやプラグインを使わないレコーディングでは立ち上がりや繊細な部分まできれいに入っていることからまるでそのセッティングや部屋の様子も見えるような音になっているのです。できる限り、マイキングで決めていくのです。

ベースやキックなどの低音は回り込みやすく、またローカットにしても0〜70Hzあたりの低域は、それがオンマイク(楽器の近く)でもアンビエンスでも、スパッと切ればよいのではなく、倍音やEQでの位相の回り具合まで聴きながらポイントと切るカーブを判断します。このあたりは経験値と注意して聴く集中力が必須です。高域も、エアーと言いますが12KHz〜25KHzを補正するのに直接その帯域を持ち上げるのではなく、さらに倍音となる帯域や、EQをシェルビングもしくはごく緩いピークにして調整します。「SONOMA」ではポイントを40KHzまでもってこれる点が利点です。40KHzを調整しているのではなく15KHzあたりをほんの0.1dB持ち上げたい場合に、15KHzをピークで持ち上げる方法とずっと上の帯域からひっぱっていく方法があるのです。EQは使用しないにこしたことはありませんが、充分に精度の高いEQではマイクの角度、位置を微調整するような効果もだせます。部屋の響きがいかにアコースティック楽器に重要であるかはミュージシャンなら判りますが、どの距離でどのマイクセッティングならスピーカーから狙い通りの音質で、的確な位置、距離感でアンサンブルとして響いてくるか。これはやはり経験豊富なトーンマイスターに任せるのが一番です。

「アット・ザ・ブルーノート東京」の方はオリジナルが48KHzであったためでしょう、プロセスには勉強になること、今さらながら発見が多くありました。一番明確な視点の違いは、サラウンドではSL/SRも含めてアンビエンスが全体を支配していること。ステージに向かうように視聴者の意識は前方ですが、メーターを見てもらっても判るように後方からもかなりのレベルがでています。元の素材からは、48KHz→96KHz→DSDという順にフルデジタルでアップコンバートされています。フルデジタル・ドメイン(PCMレコーディング→DSDミキシング)です。

PAと兼用のスポットマイク(楽器それぞれのマイク)もサラウンドではメインとなる4本のアンビエンスのマイクでも、「ProTools」上でEQは96KHz上でも使用せず「SONOMA」で補正されています。それぞれの距離の補正もしています。デジタルのEQやフィルターなどのプラグインソフトを使用すると波形は必ず崩れます。48KHzのままでEQしたりしようものなら、その波形は原型から大きく崩れてしまいます。ポップスのエンジニアではこれをガッツな音になる、と表現することもあります。そして「アット・ザ・ブルーノート東京」の2chステレオのミキシングでのみ、そのガッツのあるEQの使い方をしました。

2chステレオのミキシングではアンビエンスはぐっと少なくなっています。こちらは距離の補正はかけていません。「ProTools」で48KHzでEQも使用しながら16バスに分けて「dB-4496」でDAしたのち「GML」のアナログのコンソールでミキシングしたものをDSD収録しています。アンビエンスが大幅に減らしてあるだけでなく楽器の定位についてもサラウンドとはぜんぜん違います。さらにそのDSDミックス→「Tube-Tech SMC 2B Stereo Multiband Compressor」→アナログマスターレコーダー「Studer A-820 (1/4 inch 15 ips/NNR)」→「SONOMA」DSDにもどってこれがSACDの2chステレオのマスターとなっています。つまり2chステレオはアナログ・ミックス(PCMレコーディング→アナログ・ミキシング→DSDマスタリング)なのです。さらにCDレイヤーでは、そのSACDステレオのDSDマスターを「EMM Labs the DAC8 MKII」でDA→「DCS-905 ADC (88.4ks/s single 24bit Filter1)」→「dB-4496 (M/BY2 down-sampling) 」で44.1KHzにダウンコンバート→「dB-3000S (Dither:Flat Noise-shaping: NS2)」でノイズシェイピングをかけて、→「Sonic Solutions SonicStudio SSP」によりPMCDを作成したものをマスターとしています。

最新のDDP(CDマスターのファーマット)ではなくもっとも古いタイプの「Sonic Solutions」でPMCD(CDマスターのファーマット)を作成する方法に戻りました。DSDミックスからいきなり44.1KHzにダウンコンバートする手法もある中、メディアも含めていろいろなマスタリング手法からPMCDまで作成してみて、このアルバムの2chステレオにはこの複雑な方法が一番よかったわけです。フルデジタルでの2chステレオは、サラウンドを耳にした後にはつまらない音でした。

人間は聴覚で空間を認識しています。

誰でも無意識のうちに、反射音によりかなり正確にその空間を認識しています。壁や床の材質や天井の高さで、響きが変わるんです。ヨーロッパの古い石畳の路地と、日本の田舎のあぜ道では空間がぜんぜん違いますね。もっと身近なところでは、朝起きてから会社に着くまでに、空間は5分ごとにめまぐるしく変化するわけですが、自分の部屋、キッチン、トイレ、ドアをあけて外に出た時、地下鉄の階段を降りてホームへ、電車の中、またエレベーターに乗ったとき、オフィス、昼休みに公園を散歩、と場所、空間が変わることを、試しに目を閉じていても、誰でも判りますね。

ふたつの重要な要素があって、ひとつめはその場所ゆえに派生している音源、目覚まし時計、家族の声、テレビ、携帯電話、コーヒーメーカー、ドア、車、駅の様々なノイズ、風、鳥、コインが転がる音など。次にその音の反射音です。ほとんどの人は意識したことないと思いますが、コインが床に転がると10円玉と100円玉でも音が違いますね。木の床か、コンクリートかだけでなく、コインがどのあたりに転がっていったのかだってだいたい判る。2次反射、3次反射で方向性や、床や壁の素材まで判ってしまうんです。そして部屋の広さや天井の高さも、目でみるより先に、エレベーターでもいいし、教会に足を踏み入れた瞬間にも聴覚である程度判るでしょ。

ミュージシャンの場合は自分の楽器をどこに置くとよく鳴るか、より演奏しやすいかを経験的に知っています。スタジオやコンサートホールとはいわば楽器の一部で、レコーディングでは楽器のダイレクト音だけでなく、バランスよく2次3次反射を捉えることにより、存在感や定位が決まり、その響き具合、自分に返ってくる反射音のレベルでミュージシャンのちょっとした発音(演奏方法)が変わります。だから自然な演奏を捉えたい場合は、楽器にだけマイクを向けるのではなく、その反射音にも注意して捉える必要があります。さらにサラウンドの収録では響きや反射音が返ってくる方向まで正確に捉える必要がある。

もっとも80年代のレコーディングスタジオでは、楽器ごとにバラバラにアイソレーションブース(注釈)に分けて、響きの少ないダイレクトな音だけを録音し、デジタルリバーブをかけるという手法が流行りました。今でもやってますが…それだけがレコード制作の手法ではありません。楽器のいい音、アンサンブルをレコーディングするには、ミュージシャンといっしょに、楽器位置、演奏方法に合わせた空間のデザインから始めるのが理想的なスタイルである、と私はそう思います。自然な聴覚にはクラシックやジャズのライブ・レコーディングというのは理にかなっています。

海外のECLIPSE TD ユーザーリスト

  • Ben Georgiades (U.K)
  • Clarence Penn (U.S.A)
  • David Heaton (U.K)
  • Gary Thomas (U.K)
  • Geoff Calver (U.K)
  • Jonathan Freeman-Attwood (U.K)
  • Kirsten Cowie Bmus (U.K)
  • Klaus Hiemann (Germany)
  • Michael Zimmerling (U.K)
  • Mike Ross-Trevor (U.K)
  • Randy Brecker (U.S.A)
  • Rick Pope (U.K)
  • Royal Academy of Music (U.K)
  • Simon Osborne (U.K)
  • University of Miami School of Music (U.S.A)
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