ライナーノート/アット・ザ・ブルーノート東京/オノ セイゲン ( レコード制作家、作曲家 )


アット・ザ・ブルーノート東京
OMCA-1075   定価¥3,000(税込)

ひとの精神が解放されるときとは、
どんなときだろうか。

Performed by Seigen Ono Ensemble;
Seigen Ono, Jun Miyake, Yoichi Murata
Nao Takeuchi, Hidenori Midorikawa, Issei Igarashi
Tomo Yamaguchi, Shinichi Sato, Satoru Wono
and also Kyoko Enami, Yayoi Yula, Satoshi Ishikawa, Den and Cokky
ライナーノート:松山晋也/内田繁   寄稿:小沼純一/オノ セイゲン

Seigen Ono Ensemble at the Blue Note Tokyo

  1. 01  She is She/11'34
  2. 02  Hanabi/15'57
  3. 03  Anchovy Pasta/5'05
  4. 04  Kind of Red and White/7'40
  5. 05  But itユs True/4'50
  6. 06  Shadows of Charango/2'11
  7. 07  Yulayula 2/1'33
  8. 08  Picnic/5'50
  9. 09  White Tango/5'37
  10. 10  Nuit de la Danse/5'07

Composed and produced by Seigen Ono
Except "Stasimo" composed and co-produced by Peter Scherer
Performed by Seigen Ono in collaboration with Peter Scherer, John Zorn, Marc Ribot, Joey Baron, Romero Lubambo, Jill Jaffe, Maxine Neuman and Jane Scarpantoni

Mixed and Mastered by Seigen Ono at Saidera Mastering, Tokyo July - August 2007
Additional recording at Saidera Mastering, July 2007
Engineered by Tom Lazarus
Recorded LIVE direct to DSD at Clinton Recording Studios,
New York City, August 30, 31 and September

ひとの精神が解放されるときとは、どんなときだろうか。心の底に深く眠っていた記憶が呼び覚まされたときだろうか。それともまだ見たことのない空間に遭遇したときだろうか。こんなにも便利ではなかった時代にまだ見ぬ異国を想いうかべると狂おしい想いにひたる。

いまでも"上海"といった言葉を耳にすると現実の上海を通り越して、そんな頃の"上海"を想いうかべる。フランス、イギリス、アメリカ、そして日本などの列国の欲望が渦巻いた時代の上海。あやしげな路地裏のランタンに霧のかかった無国籍都市、上海。政治と犯罪、酒と音楽にうずまく上海。現実は想像のわきを擦り抜けていく。

オノ セイゲンの音楽はすべての現実を無化していく。そしてそこに残るのは解放されたひとつの心がある。

内田  繁

「エロティックな音響空間に満ちるザワメキとトキメキ」

たった一夜だけの夢のようなコンサートだった。それを生で体験できたのは、わずか数百人だけである。僕は今、このライヴ・アルバムを聴き直しながらあの春の夜の記憶をゆっくりと反芻し、改めて幸運に感謝している。

オノ セイゲンを紹介する時、いつもその肩書きをどうすべきか迷ってしまう。日本を代表するサウンド・エンジニアであり、同時に作曲家、プロデューサーとしても素晴らしいキャリアを築いてきたこの人物は、簡単に言えば音楽家ということになるわけだが、しかし僕には、それよりも詩人、はたまた夢想家といった呼び方の方がしっくりくるように思えるのだ。セイゲンの作り出す音楽は、いつ、どんな時も、とてつもないイマジネイションとポエジーに溢れており、聴き手をはるか遠い場所へと連れていってくれる。そこには確かに、音楽のマジックがある。音楽の神というものを思い起こさせてくれる。マーケティング・システムと市場心理だけに依拠した情けないお子様商品が跋扈しまくる現在の日本にあって、それはほとんど奇跡的というかシュールリアリスティックなことのようにも思えるのだ。そんなセイゲンの気品と勇気に、僕はいつも敬意を抱いてきた。

2000年3月12日、青山にあるジャズ・クラブ、ブルーノート東京で「セイゲン・オノ・アンサンブル」のライヴが2セット行われた。ここにある音源はそれらを編集したものだ。
「ほとんどの曲は2セット目のもので、オープニング曲だけが1セット目のもの。1曲目を1stセットのテイクにしたのは、お客さんがすごく緊張しているのが伝わってくるから。イントロをあれだけ長く引っ張ってなかなかテーマに入らなかったのは、お客さんの反応を見ていたからなんです。これから何が起こるんだろうかというお客さんの気持ちが、ステージから見ていてよくわかったし、この2コードだけでみんなどこまで退屈しないかなぁと思ったり(笑)」。(SACDレイヤーの2chステレオでは、M1,5,6の別テイクが聞ける)。

まずはマテリアルについて語るセイゲンの言葉が、いきなり彼の音楽の本質をついてくる。彼の音楽は常に、その場の「気」のヴィヴィッドな流れや遣り取りを大事にする。あれこれいじり回して完成品としてきれいにパッケージされたサウンドなどには興味がないのだ。彼の音楽は、いつも予期せぬ出来事、予期せぬ出会いを待っている。時にはミスやトラブルもあるだろう。しかし、それもまた音楽、というのが彼の姿勢であり、生き方である。だから、この日も、最低限の譜面だけをメンバーに渡し、アンサンブルができるだけ自由に呼吸できるように心がけたという。

「ゲネプロなどは絶対やりません。何よりも新鮮さが大事だから。それがなくなったら音楽はおしまい。なんとなくツアーやってる音楽や、営業的な音楽は、ゲネプロがきれいに仕上がることが重要で、後はそのリピートになっているわけだけど。メンバーも、普段の自分のバンドではできないようなプレイを自由にできたように思う。自然と引き出されたというか。彼らが自分のバンドでブルーノートでやれば、もっとクールなものになると思う。でも、僕はクールなものは目指してないしね」。

自分の目指す音楽、描きたい世界、つまり生き方というものを、はっきりと自覚しているからこその力強い発言だ。だからこそ、これだけクセの強い一流ミュージシャンばかりがつどい、自由に演奏しても、とっちらかることなくギリギリのところで統制と均衡がとれた美しいアンサンブルが生まれたのだと言える。ここにある音楽は、終始、適度の緊張と冒険心に貫かれ、それでいて温かいユーモアや笑いにも溢れている。

「良質の音楽というのは、一番いい緊張感と一番いいエキサイトと一番いいリラックスが同時に起こらなくてはいけないと僕は思ってるんです。どんなミュージシャンにとっても、普段慣れていることを排除していくと、全然違うアプローチが出てくるもんですよ」。

こうした、客席の息遣いも含めた「気」のダイナミクスが生々しく生成するスポンテイニアスな音楽空間を作り出すために、セイゲンがとりわけ心を砕いたポイントとして、当夜の音響システムも見逃せない。この夜、彼はどういう音を出し、どういう音を客に聴かせたかったのか。

「ブルーノート東京は、フラッターなど問題がおこらないようよくコントロールされた、ただし響きは少ないハコです。だからサンプリング・リヴァーブで響きを加えようと思った。12面スピーカーを四隅に設置して客席からステージまで自然に響きにつつまれるようにしたわけです。つまり、大きな教会やコンサート・ホールと同じようなリヴァーブの状態を作った。楽器の音は楽器自体及びPAから出て、リヴァーブだけが、本来リヴァーブがあるべき方向から聞こえるようにした。これは、ソニーが開発してきたサンプリング・リヴァーブを使って、アムステルダム・コンセルトヘボウとスペインのセント・ヴィンセント教会の音響をシミュレイトしたものです。ライヴでのこういう試みは世界初だし、あと、サラウンドでのライヴ・レコーディングというのも初めてです。この、いいリヴァーブに包まれる状態は、お客さんだけでなくミュージシャンにとっても大事なんです。とにかく演奏しやすいし、気持ちいいから。録音した後から人工的なリヴァーブを足すよりも、まずその空間がいい音であることが大切です」。

去る8月、セイゲンのニュー・アルバム『Maria and Maria』のニューヨークでの録音に立ち会ったのだが、そこでも彼は、ミュージシャンからいかにいい音を引き出し、それを素直にテープに定着させるかということに最も心を砕いているように見えた。いい音色、音響で楽器が鳴るスペースとコンディションを作り出すことが、何よりも大切なのだ。いい音色や音響は、いいメロディーやハーモニーを自然に生み出す、と。

「楽器が鳴る部屋も含めて、初めて一つの楽器になるんだと思います。それが良くないといい演奏もできないし、いい録音は成り立たない。演奏を録音した後でミキシングやマスタリングでいじればなんとかなるってのは嘘ですよ」。このライヴ・アルバムは『Maria and Maria』と共に、サラウンドのスーパーオーディオCDとしても再リリースされることになっているというから、そちらも是非体験していただきたい。「正直言うと、サラウンドのスーパーオーディオCDでこそ音楽として本当に表現したいことが伝わると思うんですよ。その形態でこそ、あのライヴ空間をそのまま部屋の中に持ち込むことができる。今までのステレオとかCDとは全く概念が違いますね」と、セイゲンも自信たっぷりに語っていることだし。

アンサンブルのメンバーは、セイゲン以下、三宅純、村田陽一、竹内直、緑川英徳、五十嵐一生、佐藤 慎一、山口とも、ヲノサトルの計9人。現時点で自分の考えるベスト・メンバーだというこのラインナップで、セイゲンは海外ツアーもやってみたいと言う。それは、このサウンドが、海外、特にヨーロッパや南米の人たちに受け入れられやすいものだから、と。

「このサウンドは、日本人がやってるとはわからない人が多いと思う。南米やヨーロッパ人は、こういうサウンドが大好きなんです。体験的に、確信がある。これは、日本やアメリカで受け取られている典型的なジャズやフュージョンではない、もっと色んな要素が絡まった無国籍な音楽です。僕は色んな土地を旅しているから、そういう要素が自然と入ってくるんです」。

様々な夢想空間へのワープを促すマジカルな音響。ここには、音そのものだけではない、いろんなザワメキやトキメキが渦巻いている。頭で受け止めるのではなく、全身の毛穴を開いて、このエロティックな音響空間を追体験していただきたい。

2000年11月3日  松山晋也

この10年間モントル−・ジャズ・フェスティバルでは、最終日の「ネバ−・エンディング・ナイト」を続けている。93年7月17日、モントル−に初めて演奏に来たオノ セイゲン。彼がマイルス・デイビス・ホ−ルのステ−ジを降りたのは朝6時、(その年の)トリをつとめた。セイゲン・オノ・アンサンブルは、驚くばかりの多国籍ミュ−ジシャンと新鮮なアレンジ、そして多彩なリズムとその独創的なサウンドで観客全員を驚かせることになった。彼のショ−が終了すると、窓のカ−テンが開けられ観客はレマン湖の朝日を見た。それはマジカルな瞬間だった。

27回のフェスティバルで初めて, 私は(ショ−が終了後)その場でひとりのア−ティストを翌年のストラヴィンスキ−・ホ−ルの大きなステ−ジへと招待した。そしてすべては順調に運び、今年7月11日夜、セイゲン・オノと彼の多国籍バンドがステ−ジに登場した。それはラロ・シフリン(スパイ大作戦のテ−マ等で有名なアルゼンチンの作曲家)とミュンヘン交響楽団にグラディ・テイト、レイ・ブラウン、スライド・ハンプトン、パキ−ト・ド・リベラ、ジョン・ファディスの後だった。

この年、彼はステ−ジ上にフルサイズのブラジリアン・カフェを作リ、演奏が始まるとそこでふたりの女性が「カイピリ−ニャ」というブラジルのナショナル・ドリンクを作りはじめた。それはまずミュ−ジシャンに、明らかに熱狂は高まり、そして観客の何人かにもサ−ビスされ、ステ−ジに招かれダンスに加わる者もあった。2杯のカイピリ−ニャと彼の1時間の音楽の後、気がつくと私はステ−ジ上でひとりのブラジリアン・レディといっしょにタンゴを踊っていた。

セイゲン・オノの音楽の魅力は言葉では表わせない。「聴く」ことによってのみ触れることができる。独創的感触、マジカルな雰囲気、デリケ−トなメロディ−、ミュ−ジシャンの質、それらすべて、セイゲン・オノによりジェントルに指揮されるすべてのプロジェクトは、記憶に残る夜を作りだした。

1994年10月、モントル−
クロウド・ノブス(Director and Producer of the Montreux Jazz Festival)

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