ライナーノート/マリア・アンド・マリア/オノ セイゲン ( レコード制作家、作曲家 )


マリア・アンド・マリア
OMCA-1074   定価¥3,000(税込)

現実以上の現実というか、
リアルを通り超したリアルというか…
どこかへ連れ去られてしまうようで、
ふと恐ろしくなる瞬間がここにはある。

Seigen Ono in collaboration with: Peter Scherer, John Zorn, Marc Ribot
Joey Baron Romero Lubambo, Jill Jaffe, Maxine Neuman, Jane Scarpantoni
ライナーノート:松山晋也/ジョージ・マッセンバーグ

Maria and Maria/Seigen Ono

  1. 01  Dragonfish/3'48
  2. 02  Flying Fish Wedding/3'40
  3. 03  Maria and Maria (8)/4'56
  4. 04  Maria and Maria (6)/5'10
  5. 05  Maria was sweet and gentle/3'05
  6. 06  I think you better go home/5'44
  7. 07  Stasimo/4'05
  8. 08  I think you are cruel/6'46
  9. 09  Who is she?/06'03
  10. 10  Anchovy Pasta/04'41
  11. 11  To you? No to me/05'22
  12. 12  Picnic/02'19
  13. 13  First Song/10'25

Composed and produced by Seigen Ono
Except "Stasimo" composed and co-produced by Peter Scherer
Performed by Seigen Ono in collaboration with Peter Scherer, John Zorn, Marc Ribot, Joey Baron, Romero Lubambo, Jill Jaffe, Maxine Neuman and Jane Scarpantoni

Mixed and Mastered by Seigen Ono at Saidera Mastering, Tokyo July - August 2007
Additional recording at Saidera Mastering, July 2007
Engineered by Tom Lazarus
Recorded LIVE direct to DSD at Clinton Recording Studios,
New York City, August 30, 31 and September

ようやく上がったこのアドヴァンスCDを聴きながら、今、ニューヨークでの想い出をゆっくりとときほぐしている。スタジオのモニター・スピーカーから流れ出てくる生々しい音、ピーター・シェラーの誠実な人柄、ジョン・ゾーンの高笑い、セイゲンのキビキビした動き、そして最後の夜、セントラル・ステイションの地下のレストランでみんなで食べた生牡蠣の味…。そう、昨年8月、僕はこのアルバム『Maria and Maria』の制作現場に立ち合うという非常な幸運を得た。それは三重の幸運でもあった。

一つ目はもちろん、オノ セイゲンのニュー・アルバムということ。二つ目は、ジョン・ゾーン他ニューヨーク・ダウンタウン・シーンの実力者たちのスタジオでの演奏を目の前で体験できたこと。そして三つ目は、これが極めて特殊でハイブロウな録音システムによる作品であるということ。こういうスーパー・ラッキーな体験は、そうそうできるもんじゃない。では、三つの幸運な体験の中身について、簡単に説明していこう。

まずオノ セイゲンの新作ということに関してだが、この録音の半年近く前、実は僕はセイゲンのもう一つのアルバムの録音に立ち合っている。いや、立ち合ったというよりは単に楽しんだといった方が正確か。ライヴ・アルバムだから。2000年3月12日にブルーノート東京で行われ、後日『Seigen Ono Ensemble at the Blue Note Tokyo』としてリリースされたセイゲン・オノ・アンサンブルによるたった一夜だけのライヴに接して改めて思ったことは、オノ セイゲンという音楽家が、その場その場のヴィヴィッドな「気」の生成と流れを何よりも大切にする人だということだった。「何よりも新鮮さが大事。それがなくなったら音楽はおしまい。良質な音楽というのは、一番いい緊張と一番いいエキサイトと一番いいリラックスが同時に起こらなくてはいけないと僕は思っている」というセイゲンの発言は、振り返れば、そのライヴ盤だけでなく、彼のすべての作品にあてはまる。もちろん、ニューヨークでの本作の録音現場でも、その姿勢は終始一貫していた。セイゲンはスタジオ内でどんどん譜面を手直ししてゆくし、ほとんどのトラックがライヴ一発録りに近い形でスピーディにこなされてゆく。ミュージシャンたちの発する音の一つ一つがヴァイブレイションとなって絡まり合い、オーガニックな音楽へと生成してゆく様は、実にエロティックであった。それは、セイゲン・マジックとでも呼ぶべきものかもしれない。

二つ目の参加メンバーについて。僕は普段からニューヨーク・ダウンタウン・シーンの音楽にはとりわけ深い関心があり、中でもジョン・ゾーンに関しては、これまでリリースされた膨大な数の作品のほぼすべてを聴いてきた。だから、今回の参加ミュージシャンの陣容を知って興奮せずにはおれなかった。

ジョン・ゾーン(サックス)を筆頭に、ピーター・シェラー(キーボード)、ジョーイ・バロン(ドラムス)、マーク・リボー(ギター)、ホメロ・ルバンボ(ガット・ギター)、ジェーン・スカルパントーニ(チェロ)、ジル・ジャッフェ(ヴィオラ、ヴァイオリン)、マキシーン・ノイマン(チェロ)という錚々たるメンバー。ピーター・シェラーは、スイスのプログレ・バンド、アイランドのメンバーを経てニューヨークに渡り、アート・リンゼイとのアンビシャス・ラヴァーズで多くの秀作を送り出した名うてのアヴァンギャルド・プレイヤー、ということなど今更言うまでもないか。ジョーイ・バロンは最近はジョン・ゾーンのジューイッシュ・ジャズ・クァルテット〈マサダ〉のメンバーとしても活躍している。マーク・リボーは偽キューバ人プロジェクトの評判も上々。ホメロ・ルバンボはボサ・ノヴァからアヴァンギャルドまで何でもこなすブラジル人。ジェーン・スカルパントーニ以下の3人の女性は、ラウンジ・リザーズ周りでの活動で古くから知られてきた。全員が長年にわたってニューヨーク・ダウンタウンのアヴァンギャルド・コミュニティの第一線で活躍するヴェテランばかりだ。80年代半ばからこのシーンと密な関係を保ってきたセイゲンならではの人選である。こうしたミュージシャンたちによるスタジオ・セッションを目の前で見れる機会なんてめったにないだろう。

三日間そばで見た印象はというと、シェラーは寡黙な紳士、バロンは陽気な兄貴、リボーは研究熱心な職人、ゾーンは自由奔放なやんちゃ坊主といったところか。そして全員、実に素晴らしい集中力の持ち主ばかりだ。ゾーンなどは、自分の主宰するツァディック・レーベルの作品の録音では、スタジオ代を少しでも安く上げるために絶対と言っていいほど一発で決める(つまり、その前段階の練習を十分にやっておく)らしいが、そんな日頃の鍛錬ぶりが、この時の録音でも遺憾なく発揮されていたように思う。

そして三つ目、特殊な録音システムについて。そう、本アルバムの最大のポイントはここにある。本作は、セイゲンが現在熱心に取り組んでいる“究極のオーディオ・フォーマット”スーパーオーディオCD(SACD)としての自身の初スタジオ録音アルバムとして制作されたものだが、その録音は、1ビット方式のDSD(ダイレクト・ストリーム・デジタル)レコーダーによるマルチチャンネル・サラウンドで行われており、しかも、演奏の際、ソニーが開発したサンプリング・リヴァーブの響きをスタジオ全体に付加しながら(つまりプレイヤーは実際にリヴァーヴ音を立体的に聴きながら演奏)、録音するという、未だかつて誰もやったことのない前代未聞のシステムに挑んだものだった。演奏者にとっては、教会の中で全員で生楽器のライヴ一発録りをするようなものである。だから余計に、真剣勝負の緊張感に包まれ、セイゲンの重視する「気」がスタジオ中に充満するわけだ。僕はコントロール・ルームの四方に設置された5本のモニター・スピーカーの真中でずっと聴いていたのだが、その空気の震えの繊細さといったら、まさに未知との遭遇という感じであった。透明な音の一つ一つが無限の深みと柔らかさに溢れており、あたかも深海や宇宙を漂っているかのような陶酔的快感に包まれる。膨大な数の音の粒子が鼓膜を震わせるのだが、何時間聴いていてもまったく疲れないのだ。この温かさ、やさしさ、軽やかさこそが、本作の醍醐味だろう。

ちなみに、録音エンジニアのトム・ラザルスは、最近ではヨーヨー・マの作品を手掛けるなど、クラシック界では引っ張りだこになっている売れっ子だが、元々はオーネット・コールマンの『Virgin Beauty』とかラウンジ・リザース関連の作品で名を上げた人だ。生音にとりわけ強い彼は、このプロジェクトにうってつけだったはずだ。

また、セイゲンのSACDプロジェクトを協賛しているソニーの技術陣の真摯なサポートも見逃せないだろう。スタジオでも数人のスタッフが付きっきりでケアにあたっていた。本作のような画期的な実験も、こうした協力態勢があって初めて実現したわけで、オーディオ技術の進歩(それはつまり、ソフトの質的向上にも直結する)のためにも、ソニーの太っ腹には今後も期待したいところだ。

当然、参加メンバーたちにとっても、この体験は貴重だったようで、終了後に各々が興味深い感想を語っていた。「まるで音楽の中にいるような感じがするね。音楽と向かい合っているのではなく、夢を見ている時のように自分自身が音楽の中に入っているような響きがするんだ」とはマーク・リボー。あるいはジョーイ・バロンは「かつてジョン・ケイジの友人でもある環境音楽家の鈴木昭夫が、自身の使うパーカッシヨンの自然なリヴァーブ効果について語っていたことを思い出したよ。このシステム(DSD)ではリヴァーブだけではなく、高品質な自然な音が再現されるところが凄いね」。

そしてもう一人、より的確で専門的なコメントをしてくれたのは、ジョージ・マッセンバーグ。リンダ・ロンシュタットなどの作品で有名な、ハードにも精通した、エンジニア出身の大御所プロデューサーである。「これはまるでアナログのような音がする。今までのCDのようにフォーマットに限定されていない音がするというか。サウンド・イメージも素晴らしいし、精密で、分離も距離感もそこにいるようによくわかる。私はDSDについてもう一度考え直さなければならなくなりました。こんなにいいサラウンドを今まで聞いたことはありません。目の前のスピーカーが見えなくなってしまいました」。

アナログの現実感、肉体感と、デジタルの透明感の理想的統合。僕なりの言い方をすればそうなる。これは、ハイブリッドCD、つまりサラウンド及び2チャンネルステレオのSACDと、普通のCDの3パターンが1枚の中に入った仕様でリリースされるようだが、僕のように普通のCDプレイヤーで聴いてもはっきりと音質の凄さがわかるはずだ。
録音システムや音質のことばかり書いてしまったが、実際、この驚くべき音(サウンド)の感触こそが、まずはそのまま本アルバムの音楽(ミュージック)の醍醐味であり神髄である。収められた魅惑的な13曲のこと細かな様相、そしてそこに込められたセイゲンのポエジーについては、各々で確認し、楽しんでいただきたい。

2001年6月15日  松山晋也

【追記】
上記の文章は、本作が2001年に初めてリリースされた時に書いたライナーである。今回、セイゲン自身により満足いくまでリミックス/リマスタリングが施され、価格も下げて改めて発売されることになったので、セイゲンのサイデラ・マスタリング・スタジオに赴いてその音を確認したのだが、またまた驚いてしまった。あの時、完璧だと思った音が、しかし確かに変わっているのだ。現実以上の現実というか、リアルを通り超したリアルというか…どこかへ連れ去られてしまうようで、ふと恐ろしくなる瞬間がここにはある。音響作業上の細かい説明は僕にはできないが、五感で味わう音とでもいうか、ここにある音には、匂いや色や肌触りまでも感じてしまうのだ。これこそ、音楽の、そして録音芸術の底知れぬ奥深さである。

なお、この新版では(7)を除く全曲の作曲者であるセイゲンにより、(1)(2)(10)(12)以外は完成バージョンとして曲名も変わり、また(3)(4)(6)(10)(11)(12)ではセイゲン自身のキーボードやギターなどでダビングが施されている。それらも含め、以前出た盤とじっくりと聴き比べていただきたい。

2007年8月19日  松山晋也

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