岩井 和久

毎年恒例となっている、小澤征爾氏が総監督を務める世界的音楽祭、「サイトウキネン・フェスティバル」が、8月16日から9月8日まで、長野県松本文化会館、まつもと市民芸術館、ハーモニーホールにおいて開催され、その「サイトウキネン・フェスティバル」の収録では、今年もECLIPSE TDスピーカーが使用されました。その収録に携わった長野朝日放送、岩井和久さんの現場レポートをお届けします。今回も収録システムやマイクプランのこだわりなど、細部までお伝えいただきました。録音エンジニアや放送関係者の方必見です。

仮設音中継車と長野朝日放送SD中継車

青少年のためのオペラ「フィガロの結婚」

県内の中学1年生を対象に初めて企画した「青少年のためのオペラ」が8月25日、まつもと市民芸術館で行われた。長野朝日放送では、年末に放送予定のサイトウキネンフェスティバルのドキュメンタリー番組の中で紹介する予定だが、カメラ4台、音声はステレオ・サラウンド両方収録した。
舞台には、中学生にもわかり易くするために、粗筋や登場人物の心情を語る男女の俳優二人も登場。愛の喜びや嘆きを歌うソリストと絡み合い、どたばた劇を演じた。オペラだけでもミキシングするのは大変なのに、芝居まで加わり非常に困難なものとなった。ソリスト、役者には一切ワイヤレスを仕込まず生の音を収音した。

ステレオMIXER DM2000

【収録システム】
トラックに仮設の音声ブースを作り、ステレオ・サラウンド同居で収録した。ステレオはデンソーテンECLIPSE TDシリーズスピーカー512、サラウンドも同じくECLIPSE TDシリーズスピーカー508でモニターした。ステレオミックスでオーケストラとソリストのバランスをとり、サラウンドミックスは、ステレオミックスを幾つか分割したものにサラウンド成分を足した。サラウンドのマイクに、ワンポイントサラウンドマイクのH2PROを使用した。コンダクターの1mぐらい後方に置かせて頂いた。全体を包み込むような、繋がりのある音が収録できたと思う。改めてオペラはサラウンドに適したプログラムだと感じた。

サラウンドMIXER DM1000

オーケストラコンサート「ガーシュウィン」

今年は、クラッシックとジャズの躍動感溢れた「融合」。アメリカの盲目のジャズ・ピアニスト、マーカス・ロバーツ率いるトリオとサイトウキネン・オーケストラとの貴重なプログラムだ。小澤征爾氏とマーカス・ロバーツの初共演は1996年、タングルウッド。彼らの演奏に感激した小澤氏は、翌年サイトウキネンにトリオを特別に招いた。何度も繰り返されたクラッシックとジャズのコラボレーションは純度を高め、2003年夏にはベルリンでの野外コンサートを大成功させている。2005年8月31日、その集大成ともいえるコンサートが1回のみ、長野県松本文化会館で行われた。
1部がマーカスロバーツトリオの演奏。2部がサイトウキネンオーケストラとの共演「ピアノ協奏曲ヘ調」。今年も、長野朝日放送のOA用の収録と同時に、六本木ヒルズにHD5.1ch、松本市内数箇所にSDステレオで生中継した。

オペラセット。小沢征爾氏の後方1mに設置したフォロフォン。サラウンドで使用

マイクはすべて舞台下手のPRE-AMP経由で音中継車へ

【収録システム】
音声収録は、今年初めてSCI(※)の3号車を使用した。アナログ2chにNEVEのVR,サラウンドにSSL C200が搭載してある非常に便利な中継車だ。サラウンドミキサーはオペラに引き続き、テレビ朝日映像の井上氏が担当した。
モニターシステムはタイムドメイン方式のスピーカー、デンソーテンECLIPSE TDシリーズスピーカー512、ヘッドフォンSONY・CD3000を持ち込んだ。512はタイムドメイン理論に基づいた波形に忠実な再生方式をとっており、一般的なスピーカーに比べスピーカーとしての音の色付けが少なく、特にクラシックなどの生楽器では原音に忠実で定位や距離感のわかりやすいスピーカーで、原音に忠実に再生されるので、ごまかしがまるできかないスピーカーである。妥協がゆるされないプログラムをモニターするにはもってこいである。サラウンドも同じくタイムドメイン方式の小型スピーカー、508と3号車常設のジェネレックを使用した。収録はTASCAMの24bitDATとM2000を本線と考えている。マルチトラックレコーダーは、ステレオミキサーのバスアウトを24ch分DA98HRに、サラウンドを含めたすべての回線をNuendoに収録した。これはあくまで予備とし、現場ですべて完結させるよう心掛けた。アウトボードは、SONYのサンプリングリバーブのみ使用した。

オーケストラピット内のマイクソリストと芝居を収音したショップスCMC-54u

【マイクプラン】
今回もCDレコーディングが入り、デッカレコードのエンジニアが担当した。マイクプランはすべてデッカのエンジニアの指定である。すべてのマイクをPRE‐AMPの出力で分岐してもらった。今回はジャズのトリオとの共演なので、ドラムのかぶりがひどく、通常の位置にメインマイクが吊れなかった。各楽器に一本ずつマイクを立てた。我々独自に、オーケストラの真上反響板の上から、DPA-4061を3本、サラウンド用にAKG-414EBを、双指向で4本客席に吊った。
オーケストラコンサートは、スケジュールの都合上リハーサルが1回しか出来ず、ほとんどぶっつけ本番の一発勝負だった。しかし、そこから生まれた緊張感、集中力のおかげでいい結果につながったと思う。
(※)SCIサウンドクリエーターズ

あとがき)
中学生になったらオペラを聴かせたいと小澤総監督はおっしゃっていた。それが今年実現した。中学生に見せるからといって簡単なものでなく、演出・もちろん演奏もそしてセットも素晴らしいものだった。大人である私たちもわかり易くとても楽しめるプログラムだった。こんな素晴らしいプログラムを無料で観られる長野県の中学生は恵まれている。