音のカレイドスコープ~ビョークのSACD 「VESPATINE」/小原 由夫のサイト・アンド・サウンドVol.12

70年代半ばに実用化された4チャンネルステレオ方式は、アナログ処理ゆえの制約として、チャンネル間クロストーク(干渉)や周波数特性の制限があった。また一方では、互換性のない規格の乱立や、360度の立体キャンバスを活かせるプログラムソースも、そのミキシングの手法も乏しかったことなどもあって、残念ながら失敗に終わった。

しかし、ドルビーデジタルやDTS、さらにはSACDやDVDオーディオといった、デジタル・ドメインに則った現在のサラウンド方式は、前述したチャンネル間クロストークも周波数特性上の制限もまったくなく、アーティストや制作サイドでは、自由な創造力を発揮したさまざまなアプローチが可能だ。また、サラウンドサウンドに対するわれわれリスナーの認識も、以前に比べてずっと柔軟になったといえよう。こうしてみると現代は、送り手側も受け手側も、サラウンドサウンドに対してポジティブな姿勢であると思う。

そうした状況下で、ビョークのSACD盤「ヴェスパタイン」が誕生したのは、まったくの必然といってよい。本作ほどサラウンドという立体キャンバスのフォーマット上の特質を最大限活用し、創造性の最先端をいっている作品はないと思うのだ。

本作は2年ほど前に同じマルチチャンネルによるDVDオーディオ盤がリリースされている(日本未発売)。今回はそのSACD盤の日本発売を機に、今一度この作品の凄さ、素晴らしさを皆さんにお伝えしたいと思い、ここに紹介する次第である(なお、DVDオーディオ盤とSACD盤を比較したところ、サラウンドミキシングに相違はなく、同一音源による異種規格でのリリースと思われる)。 曲ごとの解説は、本コーナーのスペースの都合上割愛させていただくが(ちょっと宣伝させてもらいますと、ステレオサウンド別冊のBEATSOUND Vol.3で小生が全曲解説やってます)、本盤においては1曲として同じイメージのミキシングがない。ビョークの声だけを取っても、前方のステレオスピーカー間に鮮明に定位するパターンは極めて少なく、頭上に曖昧模糊として浮かんだり、リアchに振り分けられていたりなど、様々である。

ここでは、トラック5からトラック7にかけてのハイライトといえる部分を、私が自宅で愛用中のECLIPSE Home Audio Systems 512、5本を使って聴いた印象をベースに解説したい。

トラック5「ペイガン・ポエトリー」は、切ないムードが張り詰めた、美しくもセンチメンタルな曲。イントロのハープがフロント側からリア側へ、あるいはその逆にという流れでオーバーラップするところを、ECLIPSE Home Audio Systems 512はとても滑らかに、まるでハープそのものが横に移動しているかと錯覚するほど、1本の軌跡としてシームレスに再現する。センターchから出てくるビョークのノンEQのヴォーカルと強烈なビートも明瞭に分解。声の力強さがくっきりと張り出してきた。

トラック6の「フロスティ」は、オルゴールのみのインストゥルメンタル曲。1分30秒ほどの短い曲だが、これほど美しい曲は最近他に聴いたことがない。まるで5chをフル活用した音の万華鏡といったイメージ。音場は横の広がりよりも、むしろ縦方向に伸びているような“筒”的な感覚だ。全chが同じスピーカー、しかも鋭いトランジェト性能を持つECLIPSE Home Audio Systems 512ならではのクリアーで澄んだ余韻が、リスナーを陶酔の境地へと誘う。

トラック7「オーロラ」は、前曲のオルゴールがそのまま使われ、ハープ、ストリングス、コーラスなどがあちこちのchに振り分けられ、とてもカラフルである。ビョークの声は頭上付近を漂うように響く。その摩訶不思議なムードは、心地よさと同時に、非常に刺激的な面もある。こうしたさまざまな楽器や効果音が混濁することなく明瞭に聞き取れるのも、ECLIPSE Home Audio Systems 512の特質といえるだろう。

本盤は、SACDの2chトラックも収録されているが、その創造性、斬新さという点では、圧倒的にマルチchの方がおもしろい。ECLIPSE Home Audio Systemsならば、その複雑に織り重ねられた音の綾を見事に引き出してくれるだろう。言い換えれば、ECLIPSE Home Audio Systemsの理屈がより克明に実感できるマルチchソースである。