あめ、雨、Rain…/小原 由夫のサイト・アンド・サウンドVol.13

映画では、いろいろな種類の効果音が四方八方にレイアウトされている。ある方向に高低感を伴って定位したり、包み込むような雰囲気を醸し出したりなど、効果音の使い方や役割は、シーンによってさまざまだ。その中で、今回は“雨”にこだわってみたい。「雨が降っている場面」という単なる状況描写だけでなく、雨を降らせることがストーリーの進行上大きな意味を持つことも少なくない。演出的な意図とサラウンドサウンドを相関させているわけである。

本連載のVol.2で採り上げた映画DVD「ゴースト・ドッグ」のCh.(チャプター)17も、非常に印象的な雨のシーンだ。クルマを盗み、マフィアのボスを殺しに行く主人公。遠くで雷が鳴り、ボスの自宅近くに着いたところで突然雨が降り始める。外階段を上がる際にリスナーの頭上で雷鳴が強烈に轟く。5.1ch再生環境であれば、最初の雷鳴との様子の違い、すなわち方向や高さが異なっているのがわかるはずだ。 ここでの雨は、ボスを殺すこと--自分が殺されかけたことへの仕返しをした後、これまでの殺し屋家業を悔い改めるべく、過去の自分と決別し、浄化するための雨と捉えることができる。主人公はこの後、銃を収めたアタッシュケースを友人に預けるといった清算的行動に出ていることからも、それは明らかだろう。

何らかのリセットの意図を雨に込めたシーンで強く印象に残る映画では、「マディソン郡の橋」も忘れられない。そのCh.27、二人が再会するシーンでは雨は既に降っている。ズブ濡れで路上に立っているロバートに、駆け込んだ車中からフランチェスカが気付いた時、雨音がスーッと小さくなる。その代わりに全体を覆い尽くすのが、音楽の切ないメロディーだ。揺れ動くフランチェスカの心。その時、旦那が運転席側から乗り込んでくる。平静を装うフランチェスカだが、彼女の気持ちは赤信号でクルマが停止しているところでさらに激しく揺れる。思い出のネックレスをロバートがルームミラーに架けるのが見えたからだ。

私たち視聴者は、傍観者としてこのシーンの中に居る。そしておそらく、クルマのドアノブに手を掛けるフランチェスカに向かって、心の中でこう叫んでいるはずだ。「出るんだ、フランチェスカ、信号が赤のうちに!今ならまだ間に合う!!」と。左ウインカーを点滅させ、ロバートのクルマはやがて左折。直進するクルマの中で忍び泣くフランチェスカ。ここで音楽はフェードアウト。雨もいくぶん弱まっている。 このシーンの雨は、二人の関係の清算、永遠の別離を意味しているのだろう。

こうして雨に込められた様々な意図を、ECLIPSE Home Audio Systemsは的確にシーンから抽出し、ものの見事に再現してくれる。わかりやすいものでは「HERO」。始皇帝の暗殺を企てた剣士たちの葛藤を描いた中国映画だ。Ch.3、無名vs.長空の囲碁道場での戦いは、琴や太鼓の音をバックに、剣と槍のぶつかる音が前方で甲高く鮮明に再現されるが、雨の雫の滴れる音や跳ねる音が四方八方に緻密にデザインされている。このシーンは、剣をあやつる二人の超絶技巧の緊張感とその崇高さをより一層際立たせるために、スローモーションと合わせて雨の雫が効果的に使われている。ECLIPSE Home Audio Systemsがその余韻を実にリアリスティックに再現してくれる。

一方で、恐怖や怪しさを補完するうえで、豪雨や雷雨を用いるのは、スリラーやサスペンス映画の常套手段である。嵐によって一軒のモーテルに逃げ込んだ11 人の男女が次々と惨殺されていく映画「アイデンティティ」は、まさにそうした演出意図で雨が使われていて、重要な脇役を担っている。中でもCh.9は、激しい雨と雷鳴がシーンの不気味さを巧みに補っているのがわかる。傲慢な女優がシャワーカーテンを傘代わりに被ってプールサイドを歩くところでは、ビニールのカーテンに当たる雨の音、プールサイドの固いコンクリートに当たる雨の音、土の地面に当たる雨の音、そして全体を覆い尽くす激しい雨の音。こうした数種類の雨音の違いを、ECLIPSE Home Audio Systemsは克明に描き分けてくれるのがわかる(ヒッチコックの「サイコ」も、同様に雨を効果的に使っているサスペンス映画だ)。

最新映画の中で、雨の使い方が素晴らしい効果を上げているのが「ラストサムライ」である。そのCh.13、真田広之扮する氏尾が、トム・クルーズが演じるオールグレン大尉を木刀で叩きのめすシーンだ。資料によれば、当初このシーンは雨ではなかったが、撮影監督の進言で急遽雨を降らせることが決まったらしい。

子供たちがチャンバラごっこをしている頃は、まだ雷鳴も遠く、雨は霧雨。しかし、氏尾の「やめぇい」の怒声とともに雨は激しさを増し、雷鳴は頭上に轟く。木刀を放さないオールグレンに一撃をくらわす氏尾のなんと勇ましいことよ!防戦一方のオールグレンに対し、氏尾の容赦ない連打。オールグレンも何度も立ち上がるが、その度にさらに強力に打ち負かされる。頭上の雷鳴の動き、あるいは次第に横殴りで強くなる雨の変化を、ECLIPSE Home Audio Systemsは明瞭かつ立体的に再現する。雨脚の変化をここまで丁寧に再現するスピーカーは稀だ。

このシーンの雨は、二人の戦いの緊張感や気高さを補うだけでなく、兵士だったころのオールグレンの忌まわしい記憶と、偏屈としたプライドをきれいさっぱり洗い流させ、この後、武士道に目覚めるという流れがあるのではないだろうか。