手前か、向こう側か/小原 由夫のサイト・アンド・サウンドVol.22

マルチチャンネル録音のコンテンツを聴いていて感じるキーポイントのひとつに、「残響感」というものがある。特にホール録音等のクラシックで頻繁に感じるその感覚は、特定の音源がリアチャンネルに振られているのではなく、壁や天井、床にぶつかって跳ね返った反射音や残響音がリアスピーカーに配されて、あたかも雰囲気を補強するかのように再現されるものである。この時、音楽は前方3チャンネル、すなわちフロントL/C/Rを主体に聴こえ、リアチャンネルから主旋律が聴こえることはほとんどない(聴こえたとしても微かなレベルである)。

そうしたコンテンツの中で録音のよいものを、きちんとセッティングされたサラウンドシステムで再生すると、スピーカーの存在感がスーッと消え、声や楽器、オーケストラが眼前に生々しく浮かび上がる。電気的/機械的な装置を媒介としながら音楽とリスナーが直結したような、これこそがオーディオのマジカルな作用である。

その時サウンドイメージは、スピーカーの手前、すなわち5本のスピーカーを結んだサークルの内側にあるのか、それともスピーカーの奥、サークルの向こう側にあるのか。別段ここではどちらがいいのか、どちらであるべきかという議論をするつもりはない。手前か、向こう側かは、録音の意図やエンジニアのセンスによってまちまちであろう。いずれにせよ、臨場感たっぷりのそうしたサウンドが自在にデザインできるところが、サラウンドのおもしろさではないだろうか。

今回紹介するのは、オーケストラの音場が手前に浮かび上がる「金聖響指揮、シエナ・ウィンド・オーケストラ他/JW~ジョン・ウィリアムズ吹奏楽ベスト!」(以下JWベスト)と、ジャズ・ピアノ・トリオがサークルの向こう側に広がる「ウェスト・オブ・5th」の2枚。大所帯での録音の前者がサラウンドの内側で、演奏家が3人だけの「ウェスト・オブ~」が向こう側というのがおもしろい(双方ともSACDマルチchを収録したハイブリッドディスク)。

「JWベスト」は、横浜みなとみらいホール他を使って録音されたもので、ミキシングはサブウーファーを使用しない5ch。ちなみに本HPではクラシック・ギタリストのジョン・ウィリアムズが知られているが、ここで紹介するのは、「スターウォーズ」「ジョーズ」などで知られる映画音楽家である。

分厚くて立体的なオーケストラの楽器がきれいに配列されたその様子は、基本的にはスピーカーの手前に展開する。7曲目「レイダースのマーチ」はテーマメロディーが勇ましく、トランペットやサックス類のハーモニーがくっきりと前に迫り出してくるのがわかる。手前にできる音場とはいえ、もちろんそれは厚みや階層を伴っていて、打楽器や一部の管楽器はその階層の奥まった高い位置から聴こえてくる。目を閉じると、ハリソン・フォード扮するインディ・ジョーンズが、大きな石球に追い掛けられているあのシーンがビジュアルとして鮮明に浮かんでくるのだ。

「ウェスト・オブ・5th」は、80歳を越えてなお活発な演奏活動をしている名ジャズピアニスト、ハンク・ジョーンズを中心としたトリオで、録音は米ニューヨークのセント・ピーターズ協会。オーバーダビングやコンプレッサー等を使っていない丁寧な収録である。こちらもLFEチャンネル未使用の5ch音声だ。

この種のノーコンプレッサー特有の録音レベルの低さがあるが、いつもより少し多めにボリュウムを回せば、リアルな演奏がフロントL/C/Rの3本のスピーカーの向こう側に広がる。音場は左手にピアノ、右手にベース、センターにドラムスという配置。リアスピーカーによる効果と思うが、何回も音が反射して拡散するような様子は、音場の高さの描写も相まって、とても豊かな響きを醸し出している。

ECLIPSE Home Audio Systems TD712zを5本組んだサラウンド環境で聴くと、ゆったりとした濃密な空気感が実感できる。1曲目「オン・グリーン・ドルフィン・ストリート」は、各人のソロも間に挟まれており、とりわけブラシで叩くスネアドラムの質感や、ちょっと遠めのベースの音像が、たいそうナチュラルだ。

ステレオシステムを使って私たちはいかに臨場感豊かにサウンドステージや音場イメージを再現するかに苦心してきたが、サラウンドというフォーマットが生み出す臨場感は、ステレオシステムの臨場感をさらに押し広げる可能性を有していることを改めて実感する2枚のアルバムである。