静かな音/小原 由夫のサイト・アンド・サウンドVol.22

音は、周波数の高低に関係なく、秒速340mで進む。鋭い超高音であろうが、地を這う重低音であろうが、大気中においては同じ時間で到達する。

そうした事実を踏まえると、オーディオの評価で頻繁に使われるスピード感という表現は、実はちょっとおかしいということに気が付く。「このスピーカーはスピード感がいい」とか、「低音にスピード感がある」といった表現がそうだ。つまりこうした音は、レスポンスが鋭く、トランジェント特性に優れた再生音を指すことが多いと思われる。ECLIPSE Home Audio Systemsの得意とするところだろう。

では、実際の再生音では、どんな風に感じられた時に使われる表現なのだろうか。例えばスラッピングベースがクリアーに再現され、そのピッチが明瞭に聞き取れた時、あるいは弓矢や銃弾、戦闘機などが空間を素早く移動した時などに使うことが多い。また、バックグラウンドノイズが少なく、周辺が静かであればあるほど、スピード感はより顕著に感じられる傾向がある。

ブルーレイディスク「硫黄島からの手紙」でそれが実感できる。チャプター29、生き残った日本軍の兵士たちが銃撃戦の最前線を横切って司令室に向かうシーンがある。様々な銃弾が四方八方から放たれるこのシーンで、スピード感がもたらす場面の緊張感には凄まじいものがある。銃声には、軽い音もあれば、重い音もある。「パン、パン」という高い音もあれば、「ズドン」という低い音もある。そうした音の違いがくっきりと再現されているだけでなく、弾道の軌跡がイメージできるくらいの鋭さが音にしっかりと乗っているのである。ここでのポイントは、弾が飛ぶスピードが拳銃や機関銃で違っているところ。ひいてはそれが弾丸のサイズの違いや破壊力の違いをイメージさせるのである。

先のチャプター29は、銃声以外には上官のセリフと号令ぐらいしかなく、音楽も一切ない。静けさという壁を無数の銃弾が打ち抜くように、容赦ない銃撃戦がしばらく繰り広げられる。前記したようにバックグラウンドノイズが少なく、静謐なシーンだからこそ、銃声のスピード感が冴えるのである。

オーディオシステム(AVシステム)の信号伝送系が脆弱だと、このシーンのスピード感はうまく再現できないだろう。銃声の強弱や音色は描き分けられても、弾道の速さはおそらくしっかり出ないと思う。

この後の「硫黄島からの手紙」は、回想シーンを除くと、ラスト手前まで洞穴内のシーンが続く。ここで注目したいのは、“地上の音”の再現だ。渡辺謙が扮する栗林中将や、二宮和也演じる西郷一兵卒らが会話するシーンの奥や遠く上の方で、爆撃や銃声のこだまが聞こえる。この音にしっかりと遠近感が感じられるかでシーンのリアリティーは大きく変わってくる。大きく聞こえれば音は当然近くに感じられるし、小さければ遠い。これに高さや方向感が伴って初めて迫真性が生まれる。

ECLIPSE Home Audio Systemsは、こうした音の再現が実にうまい。ネットワークのないフルレンジユニットなので、位相の変化がなく、音の大小と遠近感がより一層クリアーに再現されるのである。この辺りは、どんなに優れた大型スピーカーを持ってきたところで、それがマルチウェイスピーカーである限り敵わないであろう。

銃声や爆撃音というと、アクション映画の派手なシーンを思い浮べるかもしれないが、この「硫黄島からの手紙」のような静けさの中の銃声や爆撃音の方が、システムの再現力やクォリティーの違いがより顕著に表れるものなのである。

ちなみに、ピアノがメインの音楽もクリント・イーストウッド監督が作曲し、音楽制作にはイーストウッドと長年協力関係にあるレニー・ニーハウスが担当。このピアノの静謐な調べがまたいい。

レニー・ニーハウスは50年代にスタン・ケントン楽団のソロイストとして活躍したアルト・サックス奏者で、アレンジャー/作曲家でもある。西海岸の名門レーベル「コンテンポラリー」に数多くのリーダー作を吹き込んでいるので、ご興味のある方はぜひ。