録音現場の空気感/小原 由夫のサイト・アンド・サウンドVol.3

今回は『空気』の話。そう、われわれ人類が生きていく上で必要不可欠な空気である……なんてわけがないでしょ。空気は空気でも、ここでいう空気とは、オーディオシステムでの再生音の中の空気のこと。

オーディオと空気に一体全体どんな関係があるというのか?たぶん、オーディオ若葉マークの方はチンプンカンプンだと思う。しかし、空気の後に“感”という言葉をつけてれば、どっかの雑誌で読んだことがあるんじゃなかろうか。そう、「空気感」である。

例えばここに、きわめて録音優秀なCDがあったとする。オーディオシステムのクォリティが高かったり、セッティングや調整がビシッと決まっている状態でそのCDを再生すると、まるで目の前で演奏しているようなリアリティや臨場感が感じ取れたりする。演奏者の息づかいや表情、流れる汗や体の動きだけでなく、声や楽器、あるいは楽器と楽器の遠近感が、まるで映像が浮かび上がるようなイメージで聴こえ、微妙な余韻や反響・残響が再生音から感じられることがある。この息づかいや遠近感、余韻・反響・残響の類が、ここでいう『空気感』だ。
海外の録音エンジニアやオーディオファイルの間では、この空気感は“air(エアー)”と表現される。演奏現場の生々しい空気や気配・雰囲気のニュアンスを表す言葉として、まさにピッタリのキーワードだ。

ECLIPSE Home Audio Systemsは、この空気感・エアーの再現力がずば抜けている。録音時にマイクで拾い上げられた微妙な響きや空気の動きを、タイムドメイン理論が確と捉え、そのニュアンスを脚色することなく忠実に再生してくれるのである。

女流ヴァイオリニスト、ヴィクトリア・ムローヴァ(美人!)の「鏡の国のアリス」は、この空気感・エアーが素晴らしくきれいでリアルに感じ取れるCDだ。この作品は録音が優秀なうえ、演奏曲目にもアッと驚く。いわゆるクラシック曲は一切なく、ビートルズやスティーリー・ダン、マイルス・デイビスやジャコ・パストリアス、エロール・ガーナーなど、ロックやポップス、ジャズの楽曲を取り上げているのだ。ムローヴァのヴァイオリンを中心に、ピアノ、チェロ、ギター、マリンバを始めとした様々な打楽器という、特別編成のユニットでの演奏である。

1曲目は、女性オルタナティブ・ロック歌手アラニス・モリセットのヒット曲「オール・アイ・リアリー・ウォント」。中央やや左寄りにヴァイオリンが定位し、その少し右寄り後ろにギターが位置する。ギターのカッティングがホールに響き渡り、躍動的にリズムを刻む。歪んだヴァイオリンの音さえも生々しい。さほど広くはないホールでの収録と思われるが、楽器を通して対話するような雰囲気が直に伝わってくる。ECLIPSE Home Audio Systemsでこれを再生すると、音の粒子がホールの壁や天井に跳ね返っている様が鮮明に見えるようだ。

次の曲は、マイルス・デイビスの「ロボット415」。一転してパーカッションとピアノとチェロが入ったダイナミックな演奏。リズムの重々しさがロボットの歩行を彷彿させ、打楽器の鮮烈な響きが空気を突き破るように炸裂する。ヴァイオリンの音も鋭利だ。

本作で私が最も好きなのは、8曲目のウェザーリポートのナンバー「貴婦人の追跡」から、9曲目のビージーズ「ハウ・ディープ・イズ・ユア・ラブ」までの流れ。マリンバのパルシブな響きの強弱に頭をすっきりとさせた後、ピアノとの濃密なデュオで奏でられるビージーズのソフトなバラードで、たっぷりと癒されてください。

まるでどこかの画廊か小ホールで、少し距離を置いてリサイタルを鑑賞しているようなイリュージョンが体感できる本作。ECLIPSE Home Audio Systemsがそのリアルな空気を貴方の部屋に運んでくれます。