音場の創造 ~大胆なサラウンド/小原 由夫のサイト・アンド・サウンドVol.4

あなたが日常音楽を聴いている時、その音楽の音場は、2本のスピーカー(1組のステレオスピーカー)の間に展開されている。

音場とは、これまで本連載でも度々述べているが、空気感や空間感など、音楽が再現されている『場』の雰囲気のことを指す。2本のスピーカーに向かい合って音楽を聴いている場合、その音場は基本的に自分の前、スピーカーの周囲に表れ、それを私たちはごく当たり前のように捉えているわけだ。つまり、すべての音は“前方”にある。

しかし、自然界の音がすべて前方のみというのはありえない。後ろ側から来るクルマの走行音で、私たちは道の端っこに避けるし、横から飛んできた蚊の羽音にサッと首を引っ込めたりする。つまり、360度どの方向からの音かを私たちの耳は聞き分け、次に起こすべき行動を判断しているわけだ。

もっと身近な例でいえば、コンサートホールのあの立体的で豊かな柔らかい響きを心地よく感じるのは、壁や天井などに反射した音が残響や余韻となってさまざまな方向から耳に到達するからだ。

実は、当今のDVDオーディオやSACDのマルチチャンネル音楽は、この立体的で豊かな響きの再現を最終目標にしている。そのために、リスナーの前方に3本、後方に2本の、合計5本のスピーカーを置き、立体的な音場感を再現しようとしているのだ。

しかし、マルチチャンネル音楽の作られ方にはいろいろあって、前述のコンサートホールの音場を再現するようなアプローチの他に、5本のスピーカーを駆使してもっと創造的かつ大胆なサラウンド音場を意図したアプローチもある。今回取り上げたのは、そうした創造的な音場が体感できるもの。パット・メセニー・グループのDVDオーディオ作品「イマジナリー・デイ」だ。

この作品は、97年に2ch(チャンネル)の普通のCDでリリースされているが、DVDオーディオでは新たに5・1chのリミックスが行なわれ、リアch 側にギターやキーボード、管楽器やパーカッション、コーラスなどが大胆にレイアウトされている。これをECLIPSE Home Audio Systems 512で5本揃えた我が家のシステムで再生すると、各chに配された楽器の定位の明瞭さはもちろん、スピーカーとスピーカーの間にレイアウトされた楽器の響きのニュアンスや音の動き(移動)までもが鮮明に表れる。それはまるで様々な情景を思い起こさせるようなパノラミックな“音絵巻”なのだ。

ドラが鳴り響いてドラマチックに始まる1曲目「イマジナリー・デイ」は、ちょっとオリエンタルムードがあるクラシックギターの旋律が印象的。東南アジアのどこかの田舎の風景が想起されるようなメロディーだ。ギター、キーボード類の音が、前方で流麗なメロディーを奏でているが、リズム楽器の一部はリアチャンネルに配されており、あたかもたくさんの楽器奏者に囲まれているような雰囲気が味わえる。

2曲目の「フォロー・ミー」は、一転して牧歌的なイメージで、曲調としては従来からのメセニー節といえる。ECLIPSE Home Audio Systems 512でこの曲を聴くと、リアに配されたドラムやパーカッションの音が実に明瞭に聴こえる。また、チャンネル間にレイアウトされたトランペットやコーラスの定位の確かさや、それらの音が何層にも重なって奥行のある立体音場をつくっていることもわかる。特にこの曲は、たくさんのギターが使われているので、ギターオーケストラ的な雰囲気も味わえて楽しい。

7曲目の「ザ・ルーツ・オブ・コインシデンス」は、メセニー流にアレンジされたテクノ・ヒップホップという趣きの曲。ドラムンベース風の素早いビートに乗って、ギンギンに音を歪ませたメセニーのギターが疾走する。その音がチャンネル間を移動する感じがとても新鮮だ。

マルチチャンネル音楽の醍醐味は、楽器に包囲されているようなこうした独特の音場感に対して、リスナーはいかに無心の状態で浸ることができるかだ。その音場の中に、先入観なしに一度どっぷり浸かってみることをお薦めする。