暗騒音、その気配/小原 由夫のサイト・アンド・サウンドVol.5

ホームシアターで映画を見ていると、何気ないシーンの環境音や暗騒音の臨場感やリアリティにハッとすることがある。それはまるで、映像として映し出されたそのシーンの中に自分も居合わせているような感覚。つまり、登場人物たちと一緒に同じ空気と時間を共有しているような錯覚だ。

これは、5.1chスピーカーがうまくつながって、サラウンド音場がきれいに再現されている何よりの証拠。「これはもう映画館の音を越えてるなぁ」と実感できたらシメたもの。自分のシステムを誇らしく思っていい。そんな感じが全然しないというご同輩は、システムの設置位置やAVセンターの設定を今一度チェックしてみるべし。

自然な環境音や暗騒音は、ある意味では派手なドンパチ系アクション映画よりもサラウンドシステムの資質が問われる。つまり、それだけリアリティを引き出すのが難しいのだ。アクション映画は、爆発音や轟音などの迫力やスピード感に耳を奪われ、その驚きや興奮が先行する。非日常的な音だからである。一方で環境音や暗騒音は、日常の中にごく普通にある音なので、改まって新鮮さや生々しさに気付きにくく、見過ごしがちだ。

しかし、映画の中で、これらの音の再現は意外に大事なのである。暗騒音や環境音がシーンの狭さや広さ、静けさや喧騒などを醸し出している。例えば冷たい空気を感じさせたり、ジメジメとした湿気を表わしていたり、不気味な閉塞感や広大なスケールを再現するのに重要な役割を果たしているからだ。

こうした現場の雰囲気や気配の再現は、5.1chスピーカーの能力が問われるだけでなく、トータルとしての音のバランスや整合性が揃っていることが重要になる。でなければ、空間スケールにゆがみが生じたり、音場の高さや奥行がリアルに出てこない。360°の空間がみっちり音で埋められたような感覚は、隣り合ったスピーカー同士の音が揃っていなければ隙間ができてしまう。

ECLIPSE Home Audio Systems 512×5本による我が家のシステムで、環境音や暗騒音の入ったシーンを見ると、ものの見事に隙間がなく、空間がみっちりと音で埋められたような感覚に浸れる。しかも、「タイムドメイン」理論の特質が最大限発揮されるのか、音場の高さや音の階層感が非常に豊かなことにも驚かされる。 今回は、イクリプスTDならではのそうした魅力の一端が痛感できる映画「クリムゾン・リバー」を紹介しよう。雪のアルプスの麓にある大学村で起きた謎の連続猟奇殺人を巡り、二人の刑事がその真相を究明していくサイコ・サスペンスだ。注目したいシーンは、まず、

チャプター11の「修道院」。(※1)

雪の中、マックス刑事と二人の地元警官が修道院にやってきて、入口のドアを叩く。その重たい木のドアが開けられ、中年のシスターが顔を出した時、建物内の奥の方から賛美歌のコーラスが聴こえてくるのだが、ECLIPSE Home Audio Systems 512×5本で再生すると、そのコーラスの広がりや奥行がとても豊かに、しかも前方の音場のずっと奥の方から響いているように聴こえるのだ。修道院の中に入っても、そのコーラスは鳴り止まず、今度は空間全体の高い位置にフワッと広がるように響いているのがわかる。この立体感が512スピーカーならではで、他社のスピーカーで再生しても、ここまでの広がりと高さはなかなか出ない。風雪の音に混じった賛美歌は、神秘的かつ魔性的でもある。

シスター・アンドレの地下牢。(※2)

小さな窓から差し込む僅かな曇った光だけで、室内は異様に暗い。対話するマックス刑事とシスター・アンドレの背後で、何かの生物(ネズミ?)が動く音、チョロチョロと流れる水の音が不気味なほどリアルだ。こうした効果音の定位の明瞭さも、TD512の得意とするところ。何かに怯え震えるシスターの声、少し苛立ちをみせるマックス刑事の声。喋り方の微妙なニュアンスもよく出ている。このシーンも賛美歌がどこからともなく聴こえてくる。その微かな響き、物音の余韻、セリフの反響などで部屋の狭さもよくわかる。

場面は一転して、チャプター12の氷山の峰を飛ぶヘリコプター。その音のチャンネル間移動も滑らかで、着陸・離陸時の高さの再現も的確だ。山に降り立ったニーマンスと女子学生フェレイラ。冷気を含んだ冷たい風が彼らたちを迎える。その風の吹く方向感さえも512スピーカー×5本は精密に描き出す。やがて氷の洞窟に二人は入るが、このシーンでも隙間風や声の反響感で、洞窟内の閉塞感が表現されている。いたるところで垂れる雫の音、氷が割れたような物音、静謐なシーンなだけに、そうした小さな音の存在感がひときわ大事なのだ。そして第2の死体を発見……。

サスペンスという作風はもちろん、ド派手な音響的演出のないシーンだけに、ここでの暗騒音や環境音の再現は極めて重要。ECLIPSE Home Audio Systems 512×5本のシステムで視聴した私は、何度も見ているシーンであるにも関わらず、鳥肌が立ってきた。気配の再現で観る者を怖がらせることのできるシステムは稀である。