Transient (トランジェント)/小原 由夫のサイト・アンド・サウンドVol.5

スピーカーに要求される重要な性能の中で、“Transient”(トランジェント)というものをご存じだろうか?英和辞書で引くと、「一時の、瞬間的な」と書かれている。オーディオ的にいえば、「瞬時応答」とか「過渡応答」となり、機器の瞬間的な反応力(レスポンス)を示すひとつの重要な要素となっている。

どういうことかというと、入力された音楽信号に対して、余計な振動や共振、時間遅れがなく、スピーカーユニットからその信号を忠実に放出するという考えである。これは、原音再生の骨子のひとつであり、ECLIPSE Home Audio Systemsの拠り所である「タイムドメイン理論」のベース、根幹でもある。

ECLIPSE Home Audio Systemsのカタログを見ると、「時間軸特性によるインパルス応答比較」というグラフが2つ掲載されている。これを見ると、従来のマルチウェイユニット型は、音(振幅)がいつまでも尾を引いているのに対し、512スピーカーは音が速やかに減衰しているのがわかる。このグラフから、前者はトランジェントが悪く、後者はトランジェントが良好ということが読み取れるわけだ。

では、トランジェントが良好だと、スピーカーからの音はどのように聴こえるのか。余計な振動や反射音、不要共振が発生しにくいので、スピーカーに入力された信号が何も色付けされることなく、正確な位相差とスピード、正確なレベルで再生される。また、音像が、L/Rのスピーカー間や然るべき方向に鮮明かつシャープに結ばれ、3次元的に広々と立体的に展開する音場感が感じ取れる。

イクリプスTDにもこうした音の再現力があることはいうまでもない。今回は、イクリプスTDの優れたトランジェント特性がよくわかるCDを紹介しよう。東京ザヴィヌルバッハ(以下TZB)の「Cool Cluster」というアルバムだ。

TZBの音楽は、PC(パソコン)上で走らせたリズムトラックのうえに、キーボードとサックス、さらにはDJスクラッチ演奏(曲によってはパーカッションも加わる)のメロディーやエフェクトをリアルタイムに被せ、全体として実にユニークなアンサンブルを展開している。

しかし考えてみれば、これらの要素は、ECLIPSE Home Audio Systemsが目指した音の方向性そのものといっていい。つまり、512スピーカーならば、TZBの音楽の作風がかなり高いレベル(満足度)で再生できるのではないかと思うのだ。

4曲目の「Walking Smartman」では、L/Rにレイアウトされた細かなリズムが小気味よくシャープに立ち上がり、メロディーを奏でるキーボードやサックスの旋律がスピーカー間の宙にポッと浮かぶ。まさに胸のすくような気持ちいい再生だ。いろいろな楽器の音や人工音、エフェクト処理された声が、アブストラクトなメロディーとリズムパターンで繰り返されても、それらが混濁することなく克明に切れ味鋭く再現される。

ゆるやかなリズムの6曲目「Bird Conduct 2」では、512スピーカーは小口径の小型フルレンジユニットながら、太くて低い電子ビートのディープな響きを少しも曖昧にしない。意図的にエコーを付加したような音のその余韻の消え方も自然できれいだ。一方、鋭利な単発リズムは瞬時に音が消える。これはもう、音で快感や覚醒感を感じる音楽といっていい。

こうした先鋭的な音楽には、コンセプトもデザインも先進的なECLIPSE Home Audio Systemsのようなスピーカーが、再生音からも視覚面からもよく似合うと思う(TZBのメンバーにモニタースピーカーとして是非勧めたいぐらいの気持ちだ)。

トンがったモノ同士の競演は、気持ち良さのトランジェントも後味がいい(つまり、歯切れのいい気持ちよさってことです)。