イクリプスTDシリーズスピーカーが齎らしたもの -空間再現力-/小原 由夫のサイト・アンド・サウンド(Ver.2:第1回)

2000年の秋、東京・有明の東京国際展示場「ビッグサイト」で行なわれていた「A&Vフェスタ」にて、イクリプスTDシリーズスピーカーはデビューした(製品化と発売は、翌2001年春)。

デンソーテンのブース内での音の印象は、必ずしも良好ではなかったのだが(ブースの造作が貧弱で部屋全体が共鳴し、一方では外の音もジャンジャン漏れ伝ってきた)、卵型をした大胆奇抜なデザインと、フルレンジスピーカーユニット1発という潔い構成が、大いに話題になったと記憶している。もちろんそのデザインにも、ユニット構成にも、きちんとした理屈とフィロソフィーがあることは、後にデンソーテンの技術者の解説で知るのだが、少なくともその会場では、幾許かの可能性をアピールするのみに止まったのである。

その後、私がイクリプスTDシリーズスピーカーの512をきちんと整備された環境で聴くことができたのは、2001年5月、兵庫県神戸市のデンソーテンの本社スタジオであった。私は事前にマルチchのスピーカーセッティングを要望し、DVDプレーヤーやAVアンプ、プロジェクターなどを併せて準備してもらった。DVDの映画ソフトを観るためである。

広いスタジオに同心円状に配置された5本の512。私はその中心辺りに座り、さまざまなDVDソフトによって512のパフォーマンスをチェックした。結果的に私は、512のその非凡な、否、素晴らしい性能に感銘を受けたのである。

とりわけ強烈に印象付けられたのが、音場の3次元的な立体感、すなわち空間表現であった。

映画では、セリフを中心に、音楽とサウンドエフェクト(SE=効果音)でサウンドトラックが構成される。画面に映し出された状況に応じた環境音や効果音が適宜サラウンド空間に配置され、さらに音楽が被せられる。そうした音が幾重にも重ねられ、年輪のような音の階層構造をつくりだしているのである。

イクリプスTDシリーズスピーカーは、その階層構造を実に見事に提示してみせたのだ。方向感や遠近感は生々しく醸し出され、音の位置の高低や、音に囲まれるような包囲感がとてもナチュラルに感じられたのである。これは、当時の多くのスピーカーが、サラウンド配置において、チャンネル間のつながりや方位感の再現に苦心していたのに対し、一歩進んだ表現力を示したといっていい。 それはつまり、クロスオーバーネットワーク回路によって周波数帯域を分割せず、フルレンジ1発ですべての帯域を再現することの信号伝送の正確さや、卵型エンクロージャーによる不要共振の少なさによる付帯音のなさなどが、一歩進んだ空間再現力に結実したのだ。

イクリプスTDシリーズスピーカーの登場とほぼ同じ時期、音楽ソフトにおいて新たに革新的なアプローチが提案された。DVDオーディオやスーパーオーディオCD(SACD)の5.1chサラウンドである。こうしたサラウンド音楽を再生するうえでも、スピーカーには前記の空間再現力が問われる。その点でもイクリプスTDシリーズスピーカーは理に適っていた。

2ウェイ/3ウェイで構成された大半のスピーカーは、クロスオーバーネットワークによって多かれ少なかれ信号に対する正確さがスポイルされるうえ、エンクロージャーの共振が無視できない状況にある中で、入力信号に正確な応答を示し、固有の響きを排除したイクリプスTDシリーズスピーカーのコンセプトは実に新鮮であり、痛快であった。 きたるべきサラウンドサウンド時代のスピーカーとして、さまざまな音響効果を伴った空間情報を正しく再現し得る、理想的な表現力を備えていたわけだ。

以上の諸々の要件を勘案し、私は、より高度な映画のサラウンド再生、あるいはDVDオーディオやSACDのサラウンドミキシングの分析のために、512を5本、当時の自宅のサブシステム用に発注するに至ったのである。

イクリプスTDシリーズスピーカーは、音楽や映画のサラウンド再生において、こうして“空間再現”という新しい風を吹き込んだのである。