録音エンジニア/オノセイゲンとそのサウンド その2 /小原 由夫のサイト・アンド・サウンド(Ver.2:第10回)

「できることなら、最新機材でリマスタリングしたいなぁ」。一連のDOMOレーベル作品の話題を切り出した際、オノ セイゲンが最初に発した言葉である。20年以上も前の作品だが、まだ手を入れたいと考える辺り、相当のこだわりがあったことが伺える。
「スタジオに入ると、ミュージシャンとエンジニアという立場は尊重するけれども、垣根はほとんどなかったんだよね。彼らからすれば、20代の僕なんかは、言わばボーヤ。PAもできるし、録音もできるし、楽器もやるし、アシスタントだってこなせる…。音楽用語が通じる、楽器の言葉が通じるということで、ずいぶん使って頂けました。(笑)」

今回、久しぶりにサイデラスタジオを訪ねてわかったのは、DOMOレーベルの“ハウスエンジニア”的ポジションの頃からのセイゲン録音特有の『スペイシーなサウンドステージ』の秘密は、オノ セイゲン流の細かなセットアップ術に負うところが大きいという点。スピーカースタンドのケア、床材の吟味、壁の処理など、細部にまでオノ セイゲンならではの流儀で貫かれている。奥行きが短く、天井高はすこぶる高いという特異なディメンションを意識させない、実に広々とした立体的なサウンドステージがそこに現出していたからである。“アンビエンス”がオノ セイゲン・サウンドの肝、と改めて痛感した次第だ。

オノ セイゲンと親しくなったのは、某大手電機メーカーのコンサルタントを共に務めたことがきっかけ。ほぼ3ヵ月に1度のペースで顔を合わせるうちに、お互いの立場を尊重しつつも意見を戦わせるまでの関係になった。ちょうどその頃、オノ セイゲンが取り掛かっていた仕事が、加藤 和彦率いるザ・フォーク・クルセイダーズのリユニオン「戦争と平和」である。製作にイクリプス TDシリーズスピーカーが採用されたという点でも話題になったし、私自身もサラウンドソースのリファレンスのひとつとして一時活用していた。

「加藤さんの最新作「和幸」は、マスタリングだけの担当だったけれど、ザ・フォーク・クルセイザーズでは、当時出て間もないDSDを使い、いろんなアコ-スティック ギターの音の違いをしっかり捉えようという意図で製作したんだ。サラウンドで仕上げるには、機材もまだ十分に整備されておらず、面倒な作業が多かったけれど、たとえ面倒臭くても、面白かったり、結果がよくなるんだったら、やってみようという気持ち。決してお手軽な方向にはいかない。そこは昔っから今でも同じだね」

加藤和彦は、アコースティックギターの録音ならばオノ セイゲンに限る、という乗りで依頼してくるという。確かに12曲目「悲しみは言葉にならない」は、アルペジオで奏でられるギターのナチュラルなトーンが白眉で、複数台のギターのハーモニーがとても豊かだ。また、14曲目「花(すべての人の心に花を)」のスペイシーかつ壮大なスケール感は、サラウンドならではの高密度感と立体感を伴って、この音声方式の無限の可能性を実感させる。

現在、サイデラステジオで稼働しているイクリプス TDシリーズスピーカーは、「TD307PAII」、サブウーファー「TD725sw」である。「TD307PAII」は、ニアフィールドモニターとして使い、バランスを確認することで重用している。

「音量は出ないけど、信号に対して実に正確。その点は以前使っていたTD712z(注:旧モデル)よりも優れていると思う。2chミックスでの使用頻度は高いです。シングルユニットを使ったタイムドメイン方式の特色が一番出ていると思いますよ」

「TD725sw」は、自作のキャスター台に載せて使用中。ソースによって配置を微妙に変えるとのことだが、同心円の5chスピーカーのレイアウトよりも内側に入れることが多い。もっとも、コーヒーテーブルやワインテーブルとしても重宝しているという。

オノ セイゲン名義の最新作は、SACDステレオ音声が収録されたハイブリッドディスク「オリーブ・トゥリー・フォー・ピース」。全22曲の収録曲ごとにレリーフが付いているという、実にユニークなアルバムだ。

「この中には、これまでライヴ盤とか、他のバンドで演奏した曲の原型がたくさん入ってます。2000年ぐらいから書き始めた曲の、いわばスケッチ。KORG MR-2000S、付属のソフトAudioGateを使ってDSD 5.6MHzに アップサンプリングしていることも特徴です。16ビット/44.1kHzのマスターでも、これを使うことで相当によくなる。EQの微かなニュアンスなんかもよく出るよ。この全22枚のレリーフは、製作スケジュールとか、予算とかそういう範疇を超えたところでの仕事。井上嗣也さんのこだわりですよ」

このアルバムの中で私が好きなのは、4曲目「ドラゴンフィッシュ」から5曲目「モリエリモ」の流れ。ピアノソロからギターソロへと引き継がれるこの2曲は、オノ セイゲンの音楽における僕の大好きな要素、すなわち“センチメンタリズム”の横糸と“メランコリック”の縦糸が複雑に絡み合ったもので、オノ セイゲンの言うところのスケッチが、言うなれば、生成りの風合いよさとして聴く者に伝わってくるのである。

「明確な目標があったわけでもなく、気付いたらレコーディングエンジニアになってしまっていた」というオノ セイゲン。それでなれてしまう時代だったのかもしれないし、もちろん持って生まれた才能があればこそなのだが、セオリー通りの道を歩んでこなかったからこそ、オノ セイゲン・サウンドは個性的なのだと思う。

 そうした感性が、脱キャラクター、ノンカラーレーションを目指したイクリプス TDシリーズのコンセプトと共鳴したことも、大いに納得できるのである。