冨田勲と「ジャングル大帝」 /小原 由夫のサイト・アンド・サウンド(Ver.2:第11回)

ボンゴのアフロビートが鳴り渡り、男声が勇ましい雄叫びのごとく響く音楽を背に、白いライオンが丘を飛び越え、台地を縦横無尽に疾走する。手塚治虫のアニメ代表作「ジャングル大帝」のオープニングテーマは、筆者と同世代の読者ならばおそらく口ずさめるのではないだろうか。

あのテーマソングを、世界的な作曲家/シンセサイザー奏者の冨田勲さんが作曲したことをご存じだろうか。

手塚治虫生誕80周年に当たる今年2009年の秋に、1965年にリリースされた「交響詩 ジャングル大帝」が装いも新たにサラウンドソフトとして蘇ることになった。先般私は、尚美学園大学・川越キャンパスにて行なわれたその視聴会に出掛けてきた。

CD/DVDの2枚組でリリースされる「交響詩 ジャングル大帝」のパッケージ内容の詳細は、発売元のコロムビアミュージックエンタテインメントのWebサイト等でご参照頂きたいのだが、"子どものための管弦楽入門"というオリジナルコンセプトは、ブックレットで詳細な解説がされ、DVDには、手塚治虫氏が65年発売のLPのために書き下ろした静止画が収録される。また、物語のナレーションも新規に綾戸智絵さんにより盛り込まれる予定だ。演奏は、65年のオリジナル発表時と同じ日本フィルハーモニー交響楽団、指揮は藤岡幸夫氏。

今回の視聴会では、イクリプス「TD712z(旧製品)」と「TD725sw」による5.1chシステムが使用された。音源は、エンコード前の48kHz/24ビット/WAVファイルで、楽器の質感の生々しさや、アンサンブル/ハーモニーの美しさがとても印象的だった。最終的な仕上がりが非常に楽しみだが、何より印象強かったのは、当日出席された冨田勲さんの、77歳を迎えられてなお精力的な動向であった。今回、視聴会およびその後の懇談で、いくつかの興味深いお話が聴けたので、ここにご紹介したい。

視聴会でイクリプスのスピーカーが使用されたのは、冨田さん自身が自宅システムにてイクリプスをサラウンドセッティングで使われていることに端を発する。「スピーカー自身の余計な響きが一切ない。とても正直なスピーカーです」と冨田氏はイクリプスのスピーカーに対して太鼓判を押し、全幅の信頼を寄せている。現在、冨田さんは尚美学園/尚美総合芸術センターのセンター長という任にあり、あらゆる学習場面においてイクリプスが使用されているようだ。

「ジャングル大帝」のサラウンド版では、冨田さんはオリジナルスコアの作曲と編曲、およびその監修という立場になる。ここではシンセサイザー等の演奏は一切なく、サラウンドのミキシングも基本的には尚美総合芸術センターのスタッフが行なっている。「僕がやったことは、使用楽器やサラウンドの配置のアドバイス程度で、ほとんど彼らに任せました」

新しいアレンジ譜面の作成のために数日間徹夜したことで体調を崩されたこともあり、最終パートの譜面が完成せず、この日の視聴会ではその部分の録音が間に合わなかったという報告もあったが、とにかく創作活動にかけるバイタリティーたるや、30以上も年齢が下の私がタジタジになるほど。

「オーディオもサラウンドは、画期的な発明だと僕は思っています。特にサラウンドは、何といっても私たちの日常がサラウンドなのだから、最も自然な音といっていいと思うんですよ。しかし、サラウンドを積極的に謳ったDVDオーディオが成功しなかったことは非常に残念でした。そしていま、SACDのサラウンドもジリ貧状態です。僕はそれがとても悔しいですね。制作側もユーザー側も、サラウンドは手間のかかる面倒なシステムと捉え過ぎている節がある。あんまり難しく考えずに、もっと気楽にサラウンドと向き合えるようにしなければなりません」

「オーディオの技術は、自分が子供の頃から比べて著しく進歩した。この素晴らしい発明を使って、もっと多くのリスナーが楽しめるような工夫を私達は考えなければならない。サラウンドをもっと世の中に広めるために、小原さん、一緒に頑張りましょうよ」と冨田さんから促され、身の引き締まる思いのした、川越での懇談会であった。