ニッポンのスピーカー  /小原 由夫のサイト・アンド・サウンド(Ver.2:第23回)

いまでこそ海外で高く評価される日本メーカーのオーディオ機器はたくさんあるが、かつてはごく限られたカテゴリーの製品(代表的なものは、レコードプレーヤーやアンプ類)でわずかなヒット作があるのみだった。

特にスピーカーシステムは難しかった。国内メーカーが手掛けたスピーカーシステムで、諸外国で高く評価されたモデルは、70年代のオーディオ全盛期から近年に至るまで、ほぼ皆無に等しい(スピーカーユニット単体で評価されたものはいくつかあったが…)。

では、なぜそうした傾向があったのか。それは、データ解析に執着し、人間の耳でスピーカーの音を吟味していくプロセスが未熟だったからである。その背景には、アカデミックな物理特性追求という、日本人特有の生真面目さもあったのだろう。

また、複数に人間が関わる大きな組織にて趣味性の高い製品を作る際に必ずクローズアップされる“最大公約数的なモノ造り”によって、個性がどんどん薄まっていくという問題も無視できない(海外メーカーでは少人数で開発されることが多い)。

しかしここ最近、工房的な小規模の日本メーカーから、たいへん魅力的な音のするモデルが登場してきている。なおかつそれらは、“ニッポンのスピーカー”というポジションを鮮明に打ち出しているのだ。

クリプトンがリリースしているKXシリーズのスピーカーシステムは、大手メーカーで長年スピーカー設計に携わったベテランエンジニアが、コストの関係でマスマーケットでは採り入れにくいこだわりを盛り込んで造られている。スピーカーユニットに使われる振動板や磁石に稀少な材料を使っている点も特色だ。

岐阜県中津川市に本拠のあるキソ・アコースティクスのスピーカーHB-1は、アコースティックギターで多くの名器を生み出している「タカミネ楽器」との共同開発品。スピーカーは楽器であるという考え方のもと、響きのいい天然木材を用い、ギターの胴板のごとくエンクロージャーを響かせている。その評価は、海外で急激に高まっている。

今回なぜ、半ばライバルとも言えるスピーカーメーカーのことを書いたかというと、それらメーカーよりも会社の規模が遥かに大きいデンソーテンのイクリプスTDスピーカーが、物理特性の追求も実践しながら、これまでの日本メーカー製スピーカーシステムのジンクスを打ち破り、非常に個性的なモデルを生み出すことに成功したからである(デンソーテンとしての会社規模は大きいが、TDスピーカーに関わっているエンジニアは、実は思いのほか少人数ではあるが)。

そのキーポイントは、まったく微動だにしない“タイムドメイン”という明確なコンセプトがあったからに他ならないと私は思う。一方で、そのコンセプトを高い次元で達成するために、一部のスペック等を潔く諦めた(=無理をしなかった)ことも大きいのではないだろうか(出力音圧レベルやミュージックパワーなどは、同価格帯のスピーカーシステムに比べて低い)。また、インパルスレスポンスや群遅延特性などのデータの採取を、タイムドメイン理論のセールスポイントをアピールするために有効に取捨選択、活用したことも大きい。

こうしてTDスピーカーは、ヨーロッパを始めとした諸外国で、ニッポンのスピーカーとしては極めて異例な高い評価を得たのである。