ハイレゾの勢いが止まらない
小原由夫のサイト・アンド・サウンド(Ver.2:第31回)

本項では、再三に渡ってハイレゾ(=ハイレゾリューション)音楽配信の話題(ECLIPSE Home Audio Systemsとハイレゾ音源の相性のよさも含め)を採り上げてきたが、いよいよその勢いが本物であると確信している今日この頃だ。というのも、いよいよメジャータイトルが矢継ぎ早にリリースされてきたからだ。

ローリングストーンズの初期の10タイトル余りが、米国の「HDトラックス」で176.4kHz/24ビット配信(88.2kHz/24ビット版も併録)されていることは、ご存じの方も多いことだろう。日本国内の動きを見ても、音響機器メーカーのオンキヨーが擁する「e-onkyoミュージック」から、伝説のヴォーカリスト/フレディ・マーキュリーが活躍した頃の全盛期のクィーンのベストアルバム2タイトルが、96kHz/24ビットでリリースされ、たいへんな人気という。

そして先頃、遂にオーディオファイル(オーディオマニア)のマストアイテムである優秀録音として広く知られるビッグタイトルがハイレゾ配信されたのである。

そのひとつが、「カンターテ・ドミノ」だ。スウェーデンの高音質レコード会社「プロピリウス」によるこの録音は、1976年にリリースされ、ほどなくして高音質デモ盤の定番としてあちこちのショウやイベントで頻繁に使用されるようになった。

このアルバムは、教会での聖歌合唱による、いわゆる(クリスマスのための)宗教音楽集で、とても高い天井をイメージさせるそのプレゼンス感豊かなサウンドは、アナログLPからCD、そしてSACDというフォーマットの変遷を経てもなお、マニア必携の高音質盤として今日まで伝承されてきている。

HDトラックスが配信した音源は、88.2kHz/24ビットというフォーマットだが、これまで体験したことのないような極めて広々とした立体的な響きが印象的だ。早速ダウンロードした私は、自宅のECLIPSE「TD712z」で試聴し、まさしくスピーカーの存在感が消えた3次元的音場のパースペクティブを堪能することができた。

パイプオルガンのワイドレンジな旋律の上に、コーラスの有機的なハーモニーが積み重なる。TDシリーズスピーカーの特徴であるエンクロージャーのディフラクションの少なさが、あたかも教会の中で聴いているようなリアルな空気感を感じさせてくれるこの演奏をより一層臨場感豊かに再現し、その澄み切った曲想も相まって、とても清らかで厳かな気分にさせてくれた。

もう1枚は、ジャズ史に燦然と輝くピアノ・トリオの大名盤、「ビル・エヴァンス/ワルツ・フォー・デビー」だ。1961年、米ニューヨークの名門ジャズクラブ「ビレッジ・ヴァンガード」で実況録音されたこのアルバムは、ベース担当のスコット・ラファロの事故死によって短命に終わったビル・エヴァンス最初期のトリオの絶頂期の記録として、エヴァンス・ファンのみならず、ジャズ愛好家にも必携という1枚だ。

タイトな空間感は、ヴィレッジ・ヴァンガードがさほど広くなく、天井も決して高くないジャズクラブであることを想起させるが、今回HDトラックスによってオリジナルマスターテープから192kHz/24ビットでオーサリングされた音源は、クラブ内に結構な数のお客さんが入り、その密度の濃い演奏に対してしっかりと反応していることを気付かせてくれるのである。

まるで会場の様子を切り取ってきたかのような生々しい雰囲気は、TDシリーズスピーカーが入力信号に対して何も付け加えずに鋭敏に反応していることを現している。右チャンネル・スピーカーに定位するのエヴァンスのピアノの微細なタッチの再現にも驚いたが、そのメロディーに果敢に臨み掛かるようなラファロのプレイの凄味は、これまたLPやリマスターCD、SACDでは体験できなかった緻密なディテイル感だ。音源の鮮度が高いと、「TD712z」はもっと大きなスピーカーが鳴っているように聴こえるからおもしろい。

スコットランドの「リン・レコーズ」からも、前回の本項で紹介した加藤訓子さんのスティーブ・ライヒ集が192kHz/24ビットで配信されている。こちらも素晴らしい音質で、「TD712zMK2」を複数個用いた先日の横浜でのコンサート・パフォーマンスが鮮明に蘇ってくるようだ。

ハイレゾ音源の勢いはもはや止まるところを知らず、ますます加速度を増しているのである。