ジム・アンダーソンへの私的考察 その2
小原由夫のサイト・アンド・サウンド(Ver.2:第34回)

ジム・アンダーソンの経歴で興味深い点がいくつかある。ひとつは、“演奏家”を志していたと想像できることだ。彼は音大でフレンチホルンを専攻している(他に音楽教育学も専攻)。ギネスブックにて、「世界で一番難しい金管楽器」と認定されているフレンチホルンは、クラシック以外のジャンルで使われることがほとんどない楽器だ。従って、ジムはクラシック音楽の素養があったものと推察する。

もうひとつ興味深い点は、大学卒業後、公共ラジオ放送局にて主に音楽番組のエンジニアとプロデューサーを経験していること。ラージモニターではなく、可搬型のコンパクトなモニタースピーカーを好んで使用していること(詳しくは後述)は、ライヴ中継などの経験が活かされているのではなかろうか。決して大型スピーカーでないECLIPSE Home Audio Systemsを気に入った背景には、そうした嗜好も関係していそうである。

ジム・アンダーソンの録音は、シンプルな楽器編成ほど、その持味が活きるように思う。ピアノトリオ、ないしはそれに準じた小編成の演奏で、彼の空間の捉え方がわかる。

私がジム・アンダーソンを知るきっかけとなったのが、ピアニストのサイラス・チェスナットであることは、本連載の前回に記したが、サイラスとジムが再びタッグを組んだ94年発表作「REVELATION」(ATLANTIC)は、、演奏・音質とも優れたアルバムで、ピアニストとベーシスト、ドラムスの3人が、それぞれの楽器を通じて親密に対話しているようなイメージの、インティメートな作品だ。特に6曲目「Little Ditty」は、実にナイーブかつリリカルなピアノのタッチが克明に捉えられており、その微細な音の粒立ちに聴き惚れてしまう。中間部のドラムソロのシンバルの余韻、ブラシの質感の繊細さは、いかにジムが微かな楽器の音も余さずピックアップしようという意図が感じられる部分だ。

このアルバムは、インナースリーブに「Recorded Live to Two-Track Analog」と記されている。すなわち、マルチトラックのデジタル録音ではなく、ほぼ一発録りに近い2トラック・アナログであろう。どおりで楽器の質感や余韻が生々しいわけだ。

同様のクレジットは、「PARKER'S MOOD/The Roy Hargrove/Christian Mcbride/Stephen Scott Trio」でも見付けることができる。トランペット、ベース、ピアノという、やや特殊な編成の、これもまた小編成のアルバムだが、各々の楽器の音像フォルムの実体感ときたら、鳥ハダものである。グルッと回り込んで覗き込むと、演奏家や楽器の立体的な造形が見えそうな音像の隈取りなのである。Lチャンネルにトランペット、中央やや右寄りにピアノ、それから少しRチャンネル寄りの奥にベースという3次元的なステレオイメージの展開も、ジムの録音の特徴をよく現している。

ジム・アンダーソンが使っているモニタースピーカーは、メイヤーサウンドHD-1という2ウェイのパワードタイプ。8インチ・コーン型ウーファーと1インチ・ソフトドーム型トゥイーターの組み合わせによる、高さ40cm/幅30cm/奥行35cm、質量23kgという、ごくオーソドックスなバスレフ型ニアフィールドモニターだ。彼はこれを録音現場まで持ち込み、ミキシングコンソールの上に載せて近接試聴している。

私はHD-1を聴いた経験はないが、40Hzから20kHzの間が±1dBの範囲でフラットという周波数特性が驚きだ。比較的コンパクトなスピーカーだからこそ、初動感度も高く、微細な情報をしっかりと捉えることのできる性能を有しているのではないだろうか。

ジャズヴォーカリストとの仕事が少なく思えるジム・アンダーソンだが、独特の世界観を持っているパトリシア・バーバーの作品は、ほとんど彼が録音を手掛けている。私がもっとも好きなパトリシアのアルバムは、2002年発表の「VERSE」だ。艶かしく、湿り気さえ 感じさせるその声のゾクッとするようなリアリティは、ジャズ女性ヴォーカル・ファンならずとも一度聴いたらハマる人が多いのではなかろうか。1曲目の「The Moon」の濃密なベースの胴鳴り、6曲目「The Fire」のエレキギターのハーモニクスの豊かさなど、伴奏のアコースティックなニュアンスの自然さも聴きどころである。

録音のいいジャズアルバムに関心があれば、レコーディングエンジニア/ジム・アンダーソンの名前を覚えておいて損はない。