頑固者
小原由夫のサイト・アンド・サウンド(Ver.2:第36回)

アップル社の創業者スティーブ・ジョブズ氏が亡くなった。膵臓がんに伴う呼吸停止による、56歳の余りに早すぎる死であった。

“一社長”が、自社の新製品の仕様や機能、デザインに対して、どこまでの決定権と権限を持っていたかは、筆者には知る由もないが、スティーブ・ジョブス氏はそのほとんどを掌握していたに違いない。そうでなければ、謀反によって一旦追い出された会社に呼び戻された後、低迷していた業績をかつての在籍時期以上にV字回復させることなど決してでき なかったと思うのだ(後にジョブズ氏は、アップル復帰の理由について「子供が風邪を引いたら、誰でも心配するでしょ」と答えたという)。

つまり、アップルにとって何が重要で何が不要か、アップルらしさとは何かを最も理解していた首脳が、ジョブズ氏に他ならなかったというわけだ。その半ば独裁的なリーダーシップによって、アップルの今日の成功はあるのだし、ジョブズ氏が神格化されたカリスマでいることができたのだと思う。

デンソーテン/イクリプスにおいても、アップル/Macとは少なからず縁がある。2000年代初頭にはPC用デスクトップスピーカーとして、日本はもちろん、ヨーロッパのMacストアで もECLIPSE TDスピーカーが展示、販売されていたと伝え聞く。今日のイクリプスの認知の広さには、あるいはMac-PCが少なからず影響していたと想像するのも難くない。

さて、そこで思うことなのだが、多くの雑誌記事やネットでの情報を手掛かりにすると、スティーブ・ジョブズ氏は、かなりの頑固者だったといわれる。MacやiPhoneを中傷する 記者に対して暴言を吐いたこともしばしばと聞くし、強引なまでにデザインや経営の舵取りをしたという。

しかし、頑固者だったからこそ、今日の“Mac王国”は築き上げられたのではないだろうか。

例えば、今日のスマホやタブレットで一般化している操作方法の、指を使ったワイプやフリックは、アップルが確立したものといっていい。スケルトンデザイン(iMac)や、マルチジョグ(iPod)についても、アップルが先駆者である。それらは他社モデルに影響を与え、業界のスタンダードとなっていったのだ。

今のオーディオ用スピーカーは、似たり寄ったりのものが実に多い。多過ぎるとさえ私は思う。デザイン然り、素材然り、テクノロジー然りだ。どこかのメーカーがダイアモンド振動板を使えば、右に倣えをするメーカーの実に多いこと! ティアドロップ(水滴) 型の断面形状のエンクロージャーを採用すれば、臆することなくそっくりの形をつくる。少しは独自なものを作ってみようと思わないのだろうか?

イクリプスTDスピーカーも、タイムドメインという考え方は他社からの拝借ではあるが、それを具現化するテクノロジーやデザインは、オリジナルである。エッグシェル・コンストラクション、ディフュージョン・ステー、グランド・アンカーなど、キーとなるテクノロジーやフィーチャー、ノウハウは、独創的とさえ感じる。

そして肝心の音。装飾感や人工的な音のするスピーカーが多い今日にあって、ここまで素朴でナチュラルな音のスピーカーは稀だ。それ故、味がないと揶揄されてしまうケースもないわけではないが、ECLIPSE TDスピーカーからすれば、味は音楽ソースの方にたっぷりと含まれており、自分はそれを忠実に再現しているだけだ、と言うのだろう。

フルレンジにこだわらず、2ウェイや3ウェイのスピーカーを作れば、確かにいまよりもワイドレンジ性能は達成できるかもしれない。しかし、それと引き替えに、インパルス応答性能や位相特性は確実に悪化するはずだ。

ECLIPSE TDがオリジンにこだわらねば、他社のスピーカーと同じになってしまう。その点だけは、大いに頑固者であれ、と個人的に切に願う。

スティーブ・ジョブズ氏を見習うのだ…。