初代モデルの512を購入以来、私とイクリプスとの付き合いは15年目に突入したが、そのコンセプト、ポリシーがこの間まったく振れていない点には本当に頭が下がる。これは社交辞令でもなんでもなく、素直な本音だ。

ご承知のように、オーディオ市場の動向は決して芳しくないが、それでもデンソーテンが事業を続けてこられたのは、他社にはないオリジンのコンセプトが、どこよりも太く、強靭だったからに他ならない。

いまそのコンセプト、すなわち「正確な音」が、多くのレコーディングやマスタリングに関わっているエンジニアに認められ、その評価がさらに拡充し始めている。Dr.ジョンやウィントン・マルサリスの作品のエンジニアリングで高く評価されるジェフ・ジョーンズ“ジェダイ・マスター”氏もその一人だ。

70年代半ばからエンジニアとしてのキャリアをスタートしたジェフ氏は、多くの著名ミュージシャンのアルバム制作だけでなく、レコーディングスタジオの施工にも関わってきた。09年、Dr.ジョンのアルバム「シティ・ ザット・ケア・フォゲット」でグラミー賞を受賞し、現在はジャズ・トランペッターのウィントン・マルサリスと協力して、米NYのリンカーンセンターにおける一連のジャズ創作活動で手腕を発揮している。

Dr.ジョンもW.マルサリスも、いずれも高音質のアルバムを多数リリースしており、その何枚かは私も所有している。それらを聴いて感じるのは、彼らアーティスト自身が楽器のナチュラルな質感やアンビエンスを重要視しているであろうことだ。それ故、優れたエンジニアに自らの作品の音づくりを委ねているに違いないのである。

2013年10月、米NYにて開催されたAES(オーディオ・エンジニアリング・ソサエティ)のショウでTD-M1の音に接したジェフ氏は、自身のこれまでのスキルを反省し、新たなスキルを身につけるに至ったと、TD-M1から受けた衝撃を赤裸々に語っている。既にベテランの域に達している録音エンジニアに、それまでの仕事に対する考え方を改めさせるほど、イクリプスのパフォーマンスは新鮮かつ衝撃だったのだ。

そんなジェフ氏も、自分が手掛けたミックス音源を初めて再生した際には、イクリプスの音に戸惑いを覚えたようだ。それまでの音のイメージとだいぶ違っていたからである。

実は、初めてイクリプスの音を聴いた人は、大なり小なり同様な印象を抱く。「はて?この演奏はこんな質感だったろうか」とか、「この曲にこんな音が入っていただろうか」など。しかし、それも無理はないのだ。なぜならば、既存のスピーカーでは描写できなかったニュアンスや、それまで気付かなかった響きの存在をイクリプスは提示してくれるのだから。

ジェフ氏はAESのイクリプス・ブースを再度訪ね、そこでようやく自分のミックスの不具合に気が付いた。さらにジェフ氏は、自身のスタジオにTD-M1を持ち込んでもらい、さまざまな音源を使いながら常設のスピーカーと聴き比べをしたという。そこで遂にイクリプスの音の正確さを十分理解し、これこそが自分の望むミックスが叶うスピーカーであると確信したのである。

ジェフ氏は、他社のスピーカーにはないTD-M1の長所を、ダイナミクスの鮮明さと断言している。それこそが、イクリプスのコンセプトのベースとなる「インパルス・レスポンス」に帰着しているのではなかろうか。入力信号に遅れることなく瞬時に反応し、余計な音を足さない。そのためのドライバーユニットの考え方や構成、エンクロージャーの形状、さらにはその特質を最大限活かすことのできるパワーアンプやインターフェース、デジタル/アナログ回路といったエレクトロニクス周辺のコンビネーションとマッチングが、TD-M1の真骨頂なのだ。

フラットな録音を心がけ、ほとんどのエンジニアが何も気に留めずに使うイコライザーやコンプレッションに頼らないジェフ氏。マイクの選別とその固定位置で、意図した音づくりを実現する。ジェフ氏は、それが楽器の自然なダイナミクスを捉える最良の手段と知っているのである。

ジェフ氏は、TD-M1を使い始めてから、ミックスやマスター音源を制作する際のスキルを変えている。それにより、自然なダイナミクスにずっと敏感になったという。

多くの気付きや驚き、感銘をもたらしてくれるオーディオ・エクイップメンツはたくさんあることだろう。しかし、自分の仕事の進め方を根本から変えたり、見直すきっかけを作ってくれたものと出会うことは、長いキャリアの中でそうそうないと思う。