前回の本ページで試聴に使用したポータブルヘッドフォンアンプ/USB-DACのCHORD Mojoは、コンパクトなサイズながらDSDネイティブ再生に対応している点がセールスポイント。DSDの持味である質感の滑らかさや音色のナチュラルさが実感できる。

そこで思ったのは、イクリプスの最大のセールスポイントであるインパルス応答の正確さは、DSDと相性がいいのでは?、はということだ。それは、空気感や質感といったDSDの特色として語られる魅力が、実はタイムドメインの位相の捉え方と通じているのではないかという推測からである。

1ビット技術をベースに、オン/オフのタイミングを2.8MHz/5.6MHz/11.2MHzで倍々とし、より高密度な記録再生を目指したDSDは、インパルス・レスポンスが良好といわれる。ここがイクリプスが標榜するタイムドメインの考え方に合致する部分。イクリプスを活用する録音エンジニアにDSD支持派が大勢いる点も、この推測を補強する大きな要素だ。

ということで、今回もMojoのヘッドフォン出力端子からTD-M1のAUX入力に接続。DSD音源をいくつか聴いてみた。

まず総合的に言えることは、TD-M1の持つ高い透明感が、DSDのナチュラルなトーンと抜群に相性がいいことだ。ステレオイメージは箱庭的な音場感としてデスクトップに展開し、それを俯瞰して見ているような具合。その精巧な立体感は驚くほどリアリスティックで、Mojoの高性能ぶりも大きいが、TD-M1のポテンシャルの高さを今回も再認識したというところである。

インパルスということで真っ先に思い浮べるのは、ピアノのアタックの正確さや鍵盤のタッチの強弱などの再現だ。音色の滑らかさやメロディーラインの精密さも重要といえる。TD-M1のその適応力は素晴らしい。オーケストラを従えたコンチェルトではさすがに等身大とまではいかないが、限られたステレオイメージの中に小さなグランドピアノが見え、存在感は生々しい。ジャズのピアノトリオでも、シンバルやスネアを擦るブラシの繊細さ、ベースのピチカートの明瞭さと共に、ピアノが繰り出すメロディーラインがくっきり鮮明に表出し、3者の距離感が見通せる。

女性ヴォーカルは、リン・スタンリーやホリー・コールといった熟年白人系から、ウィリアムス浩子の和製シンガーまであれこれ聴いてみたが、とにかく自然。声の再現で重要なのは、語尾のニュアンスやアクセントの他に、ブレス(息継ぎ)の具合があるが、『歌』だけに着目すれば、息継ぎは不要かもしれない。しかし、それがあることでリアリティが重なり、歌に生き生きとした生命力が宿る。

リン・スタンリーの<フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン>では、ベースの立ち上がり、クラリネットの音色の生々しさにDSDならではの特質を感じたが、演奏全体のスウィング感も、アナログに通じる滑らかな感触を抱かせる。一方でウィリアムス浩子の<バークリー・スクェアのナイチンゲール>では、彼女独特のオーガニックな声質と、ウィスパーヴォイスのような優しさ、包み込むようなムードに“癒し”を実感し、インティメイトな時間がゆっくりと流れているような感覚を味わった。まとわりつくような粘着質がないところに、エッグシェル・コンストラクションを踏まえたTD-M1のトランジェントのよさが現われているように思う。

タイムドメイン理論は、何も引かず何も足さず、入力信号に対して忠実に、なおかついささかの遅れもなく瞬時に応答することを目的としている。そのための形であり、構造だ(振動板の素性やエンクロージャーの共振を利用した、“味のある音”のスピーカーとは、この点が一線を画す)。インパルス応答を重視したその考え方が、DSDの特徴と合致するのである。音楽の持つパルシブな挙動に対して鋭敏な反応を示すところは、まさにタイムドメイン的な視点から説明することができよう。

クラシックを含むアコースティックな録音での適性が認知されているDSDは、実はロックやポップスでも特色が現われると私は思う。とりわけビート/リズムの捉え方がそうだ。今回もスティーリー・ダン等のR&B色濃厚なロックのDSD音源を試聴したが、タイトなビートの切れ味や正確なリズムパターンにそれを実感した次第。ロックはとかく“エッジーな音”や“荒々しい音”を志向する向きもあり、PCM系フォーマットの方が相性がいいという 意見もあるが、音の“質”ということに着目すれば、ビート/リズムの正確な再現にDSDは好適という印象だ。