アナログレコードの再評価と共に、近年ジワジワと人気上昇中なのが『真空管アンプ』だ。ポッと点るフィラメントの灯がノスタルジックな気分へと誘い、その音質共々リスナーに温かみを届けてくれる。おざなりの無機質な“金属の箱”ではなく、ガラス管が見える外観デザインもその魅力の一端だ。

現在のオーディオアンプは、真空管式と半導体式に大別できる(昨今増えているデジタルアンプやDクラスアンプも、半導体方式)。ただし大半の製品は半導体式で、真空管は今日主流ではない。テレビのブラウン管を含め、真空管はかつて電子素子の中核であったが、今日その役目は半導体が担っている。真空管を製造するメーカーも、今では日本国内はごく少数で、ほとんどが中国やロシア、東欧の一部のみという状況だ。

半導体はその名の通り、“半分が導体”であり、電気信号の進む方向を制御することで増幅作用を得ている。一方で真空管は、真空状態のガラス管の中を電子が飛び、増幅動作をする。

別段、増幅デバイスとして劣るからといって真空管が半導体に取って代られたわけではない。技術進歩によって、より軽く、小さく、大量生産しやすいようにという時代の要請から誕生したのが半導体であり、とりわけ趣味の領域であるオーディオにおいて、真空管が半導体に性能面で見劣りするということはないのである。

では、今日なぜ真空管アンプが見直されているのか。前述したような姿カタチだけではなく、そこには半導体アンプにはない、真空管アンプならではの音質/音色的な特徴があるのだ。

声や楽器の響きには、固有の周波数からなる「基音」と、さらにそれを豊かで味わい深くする「倍音」という成分がある。この倍音は、2倍、4倍の整数倍の周波数になる。これが声や楽器固有の音色を形成する元になっている。

オーディオの世界では、この倍音を『高次高調波』、または『高調波歪み』と呼んでいる。歪みと書いてしまうと何やらネガティブなイメージだが、基本波(基音)に対して偶数倍の周波数成分を『偶数次高調波歪み』といい、奇数倍の周波数成分を『奇数次高調波歪み』といっており、特に偶数次高調波歪みは聴感に心地よく感じられる。これは基本波に対してオクターブ高いことが要因といわれている。一方の奇数次高調波歪みは、耳障りに感じられるケースが多い。

真空管アンプはこの偶数次高調波歪みの占める割合が多く、奇数次高調波歪みを打ち消すように作用する。これは真空管特有の信号伝送性能に負うところが大きいといわれているが、声や楽器の倍音成分と相まって、再生音をより好ましい方向にするのだ。一方で半導体アンプは、奇数次高調波が多く含まれており、小音量では歪みがさほど気にならないものの、大きな音では割れたように感じられることが多い。これが声や楽器の倍音を打ち消してしまう要因といわれている。

真空管アンプならではの「自然さ」や「柔らかさ」、「優しさ」、「温かさ」は、こうした要素から導かれる部分もあり、その結果、音楽がとても豊かでリッチに聴こえることが多い。また、倍音によってもたらされた自然さや豊かさが、音像のリアリズムや声の生々しさにつながっているという指摘もある。

では、そんな真空管アンプでECLIPSEを鳴らすと、どんな音になるのか。今回はサンバレー(ザ・キット屋)のプリメインアンプSV-2300LM(300Bver.完成品)をTD508MK3と組合せてみた。

SV-2300LMは、真空管の中でも最も神格化 された品種である300Bをプッシュプル方式で組んだもので、全段交流点火方式が特徴。入力は4系統(内1系統はパワーアンプダイレクト端子)で、定格出力は18W+18W。出力管を2A3に差し替えることもでき、自己バイアス回路の採用で交換時の調整が一切不要となっている。

入力された信号を一切脚色しないのがECLIPSEの基本コンセプトだが、そうした持味が真空管アンプ特有の偶数次高調波歪みをストレートに抽出し、第一印象はとてもリッチでたっぷりとした響きを聴かせてくれるように感じた。

最近リファレンス的に使っているCD「井筒香奈江/リンデンバウムより」の<氷の世界>では、ウッドベースの胴鳴りがふくよかで心地よい。TD508MK3ってこんなに低音出たかしらと感じるくらい、ウッドベースの響きが豊かなのである。

肝心の井筒の声は、艶かしいほどの音像フォルムのリアリティに、湿り気を伴った瑞々しい声が左右のスピーカー間にバシッと定位した。ややオンマイク気味に収録された声がリスナーに向かってグッと迫り出すように描写されるのだが、質感は実にまろやかで温かい。TD508MK3の声の再生からこんなに色気を感じることは稀で、これぞまごうことなき真空管の相乗効果だろう。

真空管アンプは、聴感上は額面以上のパワーを感じることが多い。例えば同じ10Wでも、半導体アンプに比べて真空管アンプの方が音圧感を強く感じるのだ。また、定格出力を越えても、真空管アンプはその性質上、歪み感にさほど違和感がないが、同じことがデジタルアンプや高効率なDクラスアンプで起こると、完全に頭打ちとなって潰れたような音になるので、極めて不快に感じる。

TD508MK3は定格出力オーバーの歪みをストレートに再現するが、やはり不快な感じはしない。井筒の<時のすぎゆくままに>では、ピアノが要所で強い打鍵になるが、ボリュウムを上げていっても割れるような歪みではなく、少し濁ったような音になるだけだ。

長時間聴いていても聴き疲れしないリアルなサウンド。温かみや懐かしさだけではない真空管固有の魅力を、ECLIPSEはどうやらうまく引き出してくれるようだ。