見えない音/小原 由夫のサイト・アンド・サウンドVol.15

私たちの生活空間には、さまざまな種類・大きさの音が蔓延している。散らばっているという言い方があるいは適切かもしれない。その中で生活している私たちには、おそらく音の隙間という感覚はないだろう。また、音場という概念も、通常は意識することがないはずだ。

例えば、目の前でガラスのコップが割れた。あるいは遥か遠くに雷が落ちるのが見え、しばらく間が開いてからその雷鳴が聞こえたとする。これらの音は、目で認識した後に発生した音だから、気持ちの中にある程度は折り込み済みだ。しかし、後ろの棚からコップが落ちて割れたり、近くでピカッと光って間髪入れずに雷鳴が轟いたりすれば、私たちはビックリして肩をすぼめたり、耳を塞いでしゃがんだりする。それは予期しない音であり、音を発した対象が見えなかったから驚くのである。

私達の周りには、こうした対象となる音源が見えない音が無数にある。夏に外で鳴く虫の声、だんだんと近付くパトカーのサイレン、どこからともなく聞こえるデパートのBGMなど。むしろ、身の回りには、音源が見えている音よりも、こうした音源が見えない、特定できない音の方が遥かに多いといっていい。

映画のサラウンドサウンドの大半も、実はこうした「見えない音」「特定できない音」の効果音で占められている(ホラー映画やサスペンス系などはその典型)。しかも、それがリアルであればあるほど、映画の迫真性やスリルは一段と高まる。こうした「見えない音」の描写力や再現性において、ECLIPSE Home Audio Systemsは類い稀な能力を備えている。映画「ハリー・ポッターとアズカバンの囚人」は、シリーズ3作目。これが実によくできている。子供騙しの幼稚な映画とバカにしてはいけない。興行成績がある程度計算できる人気シリーズだけに、お金のかけ方が違う。サウンドデザインも実に凝っていて、感心させられるシーンがとにかく多い。大人も楽しめるアクション・ファンタジーだ。

私が最も感心したのは、チャプター24。ハリーが、両親を殺した犯人と信じこんでいる囚人シリウス・ブラックと初めて相対するところだ。場所は、「叫びの屋敷」。埃や煤で薄汚れた古い木造の屋敷が、左右にゆっくりと揺れている。崩れず、倒れず、揺れながら均衡を保っているのだが、その軋み音が四方八方、異なる方向から異なる高さを伴って、キーキー、ガーガー、ピキピキ、ガリガリと怪しい音を立てているのだ。画面からは、そのゆっくりとした揺れがはっきりと確認できる。しかし、音の出ている箇所は特定できない。ECLIPSE Home Audio Systemsが発している音なのだが、まるで自分の部屋の壁が軋んで音を立てているのではないかと思うほどだ。

ハリーと仲間のロンやハーマイオニー、シリウス・ブラックと二人の教師、彼らが言い争っている間にも、それぞれのセリフをくっきりと浮かび上がらせながら、屋敷はキーキー、ガリガリと間断なく音を立てているのだが、その生々しいこと!前方奥から聞こえたそのすぐ後に、今度は右後ろすぐの頭上からピキピキというリアルな音。まるで観ているこちらも同じ屋敷の床に立っていて、倒れないようにその揺れに合わせて身体のバランスをとっているかのような錯覚を覚える。

どうすればこんなにリアリスティックな揺れ動く空間がつくれるのかと不思議に思いながら、何だかこうして原稿を書いている間も身体が揺れている気が……。