音楽評論家

松山 晋也

僕のリスニング・ライフは、劇的なまでに変わった

僕の仕事部屋は汚い上にかなり狭い。6畳間に10本の本棚とステレオ・セット2つ、そして小さな机とPC(パソコン)がぎゅうぎゅう詰めになっており、ほとんど身動きできない状態だ。そんな極小スペースで日夜大量のCDやLPを聴きながら、ひたすらPC(パソコン)のキーを打っているわけだが、PC(パソコン)で音楽を聴く習慣が僕にはなく、普段はもっぱら、すぐ傍らにある安いミニ・コンポをラジカセのように使って聴いている。大音量でしっかり聴きたい時は、もう一つの、やや立派なアンプとスピーカーを使う。で、その使い分けが、けっこうめんどうだったりもする。

PC(パソコン)で聴かない最大の理由は、机上に置けるコンパクトなサイズで、しかもちゃんとした音の出る手ごろなスピーカーに出会わなかったからだ。ところが、半年ほど前に、取材対象にして親しい友人でもあるオノ セイゲン氏の仕事場で、ECLIPSE Home Audio Systems TD712zに遭遇し、その斬新なデザインもさることながら、音の素晴らしさに感銘を受けてしまった。欲しい!。が、パソコンにつないで机上で用いるにはTD712zは大きすぎるし、贅沢すぎる。そこで、同シリーズのエントリークラスTD307PAIIを入手し、さっそく机上のノート・パソコンにつないでみた。

それからおよそ2ヶ月。僕のリスニング・ライフは、劇的なまでに変わった。現在は、仕事絡みのCDの8割以上が、PC(パソコン)&TD307PAIIを使って聴くまでになっている。TD307PAIIだと、まず、サウンドがとにかく明瞭で、作り手の意図、つまり一つ一つの楽器をどのように組み合わせ、鳴らしたかったが、はっきりと伝わってくる感じがする。どの音も、ヘンに誇張されることなく、実に自然に響くのだ。それでいて、全体の音像が、非常にダイナミックで迫力があり、「今、俺は音楽を聴いている」という実感というか充実感が持てる。僕は普段、ロックにジャズ、クラシックに民族音楽にと、ほぼすべてのジャンルの音楽を聴き、それらについて日々書いているのだが、中でも、自分の好みもあって、ワールド・ミュージック系の作品に接する機会が最も多い。それはつまり、地球上のありとあらゆる民族や国家の音楽を聴くということである。更に言えば、そういった音楽を通して、様々な民族や文化や生活スタイルやシステムについて想像をめぐらせ、思考するということでもある。

そんな時、TD307PAIIは絶大な威力を発揮してくれる。このスピーカーを通して聴くと、様々な伝統楽器の生音を肌でダイレクトに感じとれるし、また、音の背後にある風景や匂いまでもが伝わってくる気がするのだ。まるで、音楽を聴きながら、常に世界旅行をしているような気分になるのである。だから、ますますリスニング時間が増えてしまった。

実は、リヴィングルームでは、ここ数年一度も音楽を聴いたことがない。一応ちゃんとしたアンプとスピーカーは置いてあるのだが、配線しなでほっといたままになっているのだ。理由はいろいろあるのだが、いつの日か、ECLIPSE Home Audio Systemsの上級モデルを設置して、心ゆくまで音楽に浸りたい…などと思っている今日このごろだ。

profile

松山晋也 (音楽評論家)

1958年生まれ。雑誌編集者などを経て、97年からフリーに。ミュージック・マガジンやラティーナ、CDジャーナル等の音楽専門誌を中心に、エスクァイアやマリ・クレール他の一般誌や、朝日新聞などで執筆。また、TV番組の構成やイヴェントの司会なども随時。

著書に「めかくしプレイ~Blind Jukebox」、「プログレのパースペクティヴ」(共にミュージック・マガジン社)など。