サウンドプロデューサー

峰岸 良行/Mine-Chang

BENNIE-Kとの出会い

僕はもともと音楽プロデューサー今井 了介のアシスタントとして、最初は機材を運んだり、繋いだりというスタジオの基本的な仕事をしていました。当時今井がBENNIE-Kをプロデュースしていたのですが、アルバムは通常限られた予算で制作するので、低予算の曲を「曲作り・アレンジ・録音・ミックスダウンまで全部やってみないか」と僕に任せてくれて、それでたまたまやらせて頂いたのが評価され、そのうちシングルなど大きな仕事も任せて頂けるようになりました。

当時はPro Toolsを使用してのフルデジタルミックスが出てきた頃で、Pro Tools内部でのミキシングにより、昨日行ったミックスを修正してまた修正といった作業も簡単に出来るようになっていた頃でした。普通はミックスの最終チェックに焦点を絞って判断していきますが、Pro Toolsの登場により、多くの要素を試行錯誤しながらミキシング出来るようになりました。

BENNIE-Kの仕事が来た時、たまたま僕が長年温めていた音作りを自由に試せる時間があったので、「思い切って加工してエンジニアリングでヒット曲を生み出せないかな」と思い、Pro Toolsで大胆にミックスし極端に加工するっていうのを試してみました。今では一般的な手法になっちゃいましたけど、そうやって自分でやりたいように作った作品がたまたまコカコーラのCMでヒットし、世間に受け入れられたのは面白かったですね。

実は以前、楽器屋さんでPro Toolsを売っていた事があるのですが、Pro Toolsは初期の頃、バグが多くちゃんと動かない事が多々ありました。そこで、そういう商品を無理やり動かしたり、壊れたときに元に戻したりとか、そういったテクニックを学んでいるうちに「うまく弱点を補ってPro Toolsの面白いところだけを使い、そのかわり、悪いところは割り切ってあきらめる。」という一般的なセオリーを無視した使い方が身につき、それがBENNIE-Kの作品作りに役立ちました。(笑)

あきらめていた子供の頃の感動が…

売れ始めるとありがたいことに他の色々なアーティストからも注文が来るようになりました。ところが、それまで僕は「原音に忠実に録音する」という基本的な事を忘れていたので、色々なレコーディング現場に対応しようと思うと困りました。そこでなるべく色づけの無い正確な機材を選び、「音の判断を間違わないようにしよう」と考え、まず追い求めたのがAD・DAコンバーター、そしてモニタースピーカーでした。

実は子供の頃は家が貧乏だったため、オーディオ機器をねだっても買ってもらえず、また趣味も少し変わっていたので、「自作で作れば安いんじゃないか」と思い、ホームセンターで3×6ベニヤを、秋葉原で10cmや16cmのフルレンジスピーカーユニットを買って自分でバックロードホーンやダブルバスレフのスピーカーを作り、拾った古いアンプで鳴らしていました。

でもその音は友達の家にあるどんな高価なシステムにも負けない音楽のリアリティーで大変満足していました。1番気に入っていたのは10cmのフルレンジスピーカーユニットをダブルバスレフの大きなエンクロージャに入れて、低域を40Hz位までを再生するシステムでした。

それは随分長く使いましたね。今思い出すとそれは「TD712zMK2」の低音となぜか似ているんですよね。そして音楽で生計が立てられるようになると、1本数百万円もするスピーカーを買ってみたり、自社スタジオでラージモニターを導入し、ミックスの仕事や音楽の研究に使ったりとスピーカーにはかなりの投資をしてきました。

ところが子供の頃に自作スピーカーで聴いていた曲をこれらの高級スピーカーで聴くと、なぜか今ひとつ曲の良さが昔のように心の中に入ってこなかったんですよ。その時は「もう高校生の時よりも感受性は鈍ったのかな…。」と思ったのですが、この「TD712zMK2」を聴いた時、本当に僕が好きで1日中音楽を聴いていた頃の喜びが「ああそういうことだったんだ。」ってストレートに心に入ってきました。

今思うと2WAYや3WAYスピーカーの位相のズレとかキャンセルポイントを耳で補正しながら聴くという事自体が脳にとってストレスだったのでしょうね。その点「TD712zMK2」はそういう補正の必要が無く、リラックスして聴けるのでどんどん心に入ってきますね。

TD712zMK2を使ってみて

ECLIPSE Home Audio Systemsの便利なところは、まずはミックスのときに左右いっぱいに振った時の音の判断がものすごくしやすい点です。2WAYや3WAYなどのスピーカーのように低音・中音・高音がユニットそれぞれから出てくるスピーカーで制作する場合、センター定位の音は左右のスピーカーの音が混ざった状態なので、大まかな感じでセンターに虚像が定位するといった感じになります。

それはそれなりにまとまりある音で聴けるのですが、左右どちらかいっぱいに音を振った場合、耳の補正機能が働かなくなるので、ヴォーカルだと基音の部分や倍音の部分、子音の部分などがそれぞれのユニットからバラバラに聴こえます。でも、「TD712zMK2」はどこに定位させてもそのままで聴けます。特に優秀な録音だと本当にスピーカーが消えて、録音された空間とか定位感がくっきりと浮かび上がります。

また、余計な周波数をカットするイコライジングの際、邪魔になっている楽器の音色や、作業の結果が的確に再現されるので判断しやすいです。聴感上の周波数特性も気になるピークが無くて、色付けが感じられないですね。

極端なEQや過剰なコンプレッサーで位相がおかしい音源は予想通りあまり面白く鳴らないですが、その中でも「良く出来ているな」と常々思っていた録音はこのスピーカーでもとても良かったので、その音源の楽曲やミックス手法の分析に威力を発揮しそうです。ちなみに自分の過去の作品はひどい鳴り方で笑えました。極端な処理はわざとなので予想はしていましたが。(笑)

もうひとつ興味深かったのは家内の反応です。家内はクラシック音楽、古楽の歌手の仕事をしているのですが、こんなに生演奏に近いスピーカーがある事に驚いていました。楽器や歌の音程が正確に判断出来るので、聴いて楽しいみたいです。今まで僕がいろんな高級機、プロ用モニタースピーカーを買ったり借りたりするたびに聴かせるのですが、家内が試聴機材で欲しがったのは初めてかもしれません。おかげ様ですんなりと購入決済が下りました。(笑)

来年から活動拠点をNYへ

英語圏の人と日本人の耳の分解能力の差について考えた時、「日本人の方が上手に機械を作ったりできるので耳は良いんじゃないのかな」と言われる事があります。しかし、英語圏の人の音楽センスの良さを考えると「聴き取る能力の何が違うのだろうか」と疑問に思います。

個人的にはそれは言葉に含まれる子音の周波数分布とかエネルギーに関係あるんじゃないかと思っています。日本語はアタック音が無く、モゴモゴした感じです。そのため、音楽的にパンチのあるサウンドを作っていくためには英語をしゃべれないとだめだなと感じています。なぜなら、しゃべれない子音って聴き取れないと思うからです。

ネイティブの人の英語は繋がって聞こえて聞き取りづらいと思います。でもしゃべれる言語はつながっていても大体脳で判断できます。たとえば山手線で「次は~なんとかかんとか~。」というアナウンスもモゴモゴしていますが聞き取れます。そういうのを何とかしたいんですよ。

その上で向こうの人の音楽に触れたり、歌を録音したり、スタジオで聴くことで自分のものにしていきたいんですよ。BENNIE-Kなんかは日本語なので子音が弱いですけど、じつは子音を英語のようにコンプレッサーとかイコライザーで洋楽みたいに元々強く発音したかのようにPro Toolsで加工しています。でもそういったときに、ぬるいスピーカーだとどこまでやったら良いのかわからないのですが、「TD712zMK2」のような高解像度のスピーカーだと英語の子音とかがハッキリ聴き取れるので作業しやすいですね。しかもどのくらいのエネルギーで発音しているのかが良く分かるので語学の学習にもなります。(笑)

NYに行ったらレコーディングスタジオやマスタリングスタジオにECLIPSE Home Audio Systemsを紹介しておきます!

profile

峯岸 良行/Mine-Chang (サウンドプロデューサー)

1999年より、今井了介氏のもとでR&B、ヒップホップ、ソウルなどの トラックメイク・レコーディング・エンジニアを経験しながら、プロデ ュースワーク、アレンジ手法などを習得していく。

2002年よりBENNIE Kのサウンドプロデュースに携わり、R&Bやヒップホップのトラックをベースにロック的なアプローチを行うことで、ポップなエッセンスを加味することに成功。このBENNIE Kのブレイクとともに、一気に知名度・実力が認知される。プロデュース作品「Dream Land」では、コカ・コーラ社との大型タイアップによるCMオンエアー効果もあり50万枚のセールスを記録。アルバム「Japana-rhythm」はオリコンチャートでも1位を獲得し、既に60万枚を超える。業界内で最も注目されている若手サウンドプロデューサーの一人。