ECLIPSE Home Audio Systemsは、その初代モデルから一貫してフルレンジスピーカー1基を搭載している。モデル毎に6.5cm、8cm、10cm、12cmと、口径こそ違っているが、フルレンジという点は首尾一貫して変わらない。なぜそこまでこだわっているのか?

フルレンジスピーカーに対し、高域用/低域用とスピーカーユニットを分けて用いる方式をマルチウェイ・スピーカー方式というが、これを使った場合、トランジェント性能(インパルス応答)や位相管理の面で、TDスピーカーが標榜する“タイムドメイン”のコンセプトが崩壊してしまう。すなわち、複数のユニットの振動伝達性能の違いや、必要不可欠な電気部品のせいで、理想的なインパルス応答が得られなくなるのだ。

では、フルレンジスピーカーは、完璧なユニットかというと、決してそうではない。理想的ではあるが、それですべてが満たされるのならば、世の中のスピーカーシステムはすべてフルレンジユニットを使っているはずで、そこには不得手な部分もある。今回は、このフルレンジユニットについて、改めて長所、短所を考えてみたい。

フルレンジとは、低音から高音までを1つのユニットでカバーするスピーカーのこと。シングルコーンと呼称することもある。発音源が1箇所(1点)のため、マルチウェイ・スピーカー方式のように周波数帯域を分割する必要がなく、コンデンサーや抵抗、コイルといった電気部品が不要のため、音質的劣化が少ないのがメリットだ。したがって、アンプの信号が直結されたものとみなすことができ、人間の耳に最も敏感な100Hz~5kHz近辺の帯域で位相変化が少ないことも相まって、音の定位感に優れている。

他方、短所としては、1基のユニットですべての周波数帯域をカバーするには限界があり、低音、高音のエネルギー不足が生じる(中域に対して)。特に高音域においては、ユニットの分割振動(共振)によって歪みや位相特性の劣化が大きくなる。フルレンジスピーカーで低音をしっかり出そうとすれば、ユニット口径を大きくすればよいが、今度は高域の分割振動が増大し、高域特性がさらに悪化というトレードオフが生じるのだ。

では、どうしてECLIPSE Home Audio Systemsは、フルレンジスピーカーにこだわるのか。それは、マルチウェイ・スピーカー方式が、音楽信号の『周波数特性』を正しく再生しようとしていることに対して、音楽信号の『波形』を正しく再現しようというスタンスを採っているからである。

このことは、次のように言い換えることもできる。低音、高音のエネルギー量のみに着目すれば、フルレンジスピーカーは確かに不利だ。しかし、声をいかに生々しく、楽器の質感をいかにリアルに再生するかは、エネルギー量とは無関係だ。むしろ音楽信号に対する忠実さの方が重要だ。その方がアーティストの個性、楽器固有の音色を再現する上で極めて重要なのである。

考えてみれば、一般的な住環境で、普通の音楽ファンが音楽を楽しむ用途であれば、低音や高音のエネルギー不足よりも、音楽信号の忠実性を重視するというアプローチの方が大多数の音楽ファンにとっては好ましいはずだ。

だから前回の連載でも触れたように、ECLIPSE TDシリーズスピーカーは、大勢の人に、あるいは遠くの人に、大音量で音楽を楽しませる方向の音づくりではない。ECLIPSE TDスピーカーのポリシーは、フルレンジならではの音楽データの正確な再生なのである。