録音エンジニア/オノセイゲンとそのサウンド その1 /小原 由夫のサイト・アンド・サウンド(Ver.2:第9回)

この2ヵ月ほど、技術寄りのやや堅苦しい内容が続いたので、今回はちょっと趣向を変えて、ソフトなお話を。とは言っても、そこに登場する人物はすこぶる頑固な匠なので、決してソフトではないのだけれども…。

先日来、新たに自宅システムに導入したデジタルファイルミュージックプレーヤー、リンMAJIK DSにCDをリッピングするべく、CD棚を整理していたところ、懐かしいアルバムがぞろぞろ出てきた。その中に、80年代前半にポリドール・レコードが擁していた「DOMO」というレーベルのCDがいくつかあった。

「DOMO」は、ジャズギタリスト渡辺香津美を中心としたボーダーレスなジャズ/フュージョン系レーベルで、私個人は渡辺香津美の第二期黄金時代を支えたレーベルという認識でいるのだが、そのDOMOレーベルの多くの作品のレコーディングを担当していたのが、新進気鋭のエンジニア、オノセイゲンであった。

オノセイゲンがつくる当時のDOMOのサウンドは、実に摩訶不思議なものだった。先進的、前衛的、実験的だったと言ってもいい。さまざまな擬音がミックスされているうえ、ソロ楽器とアンサンブルの楽器の定位感が常套的なレイアウトでなかったり、位相をずらしたり、意図的に過度なアンビエントを入れたりという“演出”が多くみられた。遊び心といってしまえばそれまでだが、ミュージシャンと一緒に楽しんで作っているという様子が伺えたものだ。

こうした背景には、オノセイゲンが単なるエンジニアではなく、ミュージシャンであり、コンポーザー(作曲家)であり、アレンジャーでもあるという多面性が作用している気がしてならない。それゆえ、この人は掴み所がないのだが(多面性というよりも、多重人格といった方が的を得ているかも…)、話していてもテーマがあちこちに飛び、「で、何だったっけ」という展開はしょっちゅうである。

レコーディングエンジニアとして数々の優れた作品を生み出しながら、オノセイゲンは自身のバンドで、スイスのレマン湖のほとりで毎年行なわれる長い歴史を誇るジャズフェス「モントルー・ジャズ・フェスティバル」にも出演しているし、コム・デ・ギャルソンのファッションショー用の音楽をつくったりしている。その一方で、ジャズの名門「verve」レーベルの高音質CDのマスタリングを全面的に担当するなど、まさにマルチアーティストなのである。

オノセイゲンが制作したアルバムの摩訶不思議なイメージとは、一言でいえば空間感にある。

例えば、ピアニスト/橋本一子の「ビューティー」という1985年発表のアルバム(本当に久しぶりに聴いた。10年ぶりではきかないだろう)。橋本は、エキセントリックなプレイとアンニュイなヴォーカルの対比が不思議な魅力を放っているミュージシャン。渡辺香津美のグループでのライヴを数回観たことがあるが、フェミニンな雰囲気を醸し出しながら、大胆な動きのアバンギャルドな演奏を平然とやってのけたりする。

ピアノの音は、生音に近いという感覚ではない。素朴だけれども、整音にひとひねりが利いている。つまり、響きに何らかの電気的加工が施してある。それがおもしろいように反射空間を押し広げ、音場をパノラミックにしている。

渡辺香津美の「MOBO倶楽部」という1984年のアルバムでは、オノセイゲンはコ・プロデュースも兼ねている。ここでのドラムスのリバーブ処理はなかなかおもしろい。村上ポンタ秀一の叩く音の方が、時として香津美のギターの音よりも大きく、そこに仙波清彦の和楽器を中心としたパーカッションが絡むものだから、リズムの密度が非常に濃い。一方で、サックスは曖昧模糊とした浮遊感でうごめいている。こういう音づくりを当時やっていた人は、少なくとも日本にはいなかった。

オノセイゲンのつくる音場は、スペイシーで透明なんだけれども、ナチュラルという感覚ではない。3次元ではなく、4次元的なバランスといえばイメージが掴んでいただけるだろうか。それは、ナチュラルな音場感を自分の中でしっかり消化したうえで、音場に対する明確なポリシーを持っているからこそ実現可能な領域といえる。

つまりオノセイゲンは、自身のキャリアのかなり若い時期から、タイムドメインという視点に立ってレコーディングを行なってきたのではないだろうか。それゆえ、彼が富士通テンのECLIPSE TDシリーズスピーカーのコンセプトに共鳴し、自身のスタジオでTD712z、TD307II、TD725swを使ってきたのは、至極自然な成り行きだったといえる。

そうしたわけで、次回はオノセイゲンのスタジオ「サイデラ・マスタリング」と、彼のオリジナルアルバムに触れてみるとしよう。

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